●INITIAL EXPERIENCE 2●
――あれは僕と進藤が付き合い出して2ヶ月が経とうとしていた時だった。
「アキラさん、たまにはスカートも穿いてみたらどう?」
ショッピングから帰ってきた母は、直ぐさま僕の部屋に入ってきて、今日買ったものを楽しそうに広げていた。
「明日も進藤さんと会うんでしょう?少しは着飾って行ったらきっと喜ぶわよ〜」
「碁を打つだけだよ?」
そんなことして何か意味があるの?と不思議そうにしてる僕を見て、母は微笑んだ。
「いいから着て行ってごらんなさい。上は…そうね、このアンサンブルにショートコートとか。あとブーツね〜」
結局母にコーディネートされるままの服を着て、少しお化粧もされて、進藤の家に向かうことになった。
ピンポーン
「はいはーい」
勢いよくドアを開けていつものように僕を出迎えた彼は、僕を見るなり大きな目を更に見開いた。
「こ、こんにちは」
「塔矢…すげぇ可愛い―」
いきなりそんなことを言われて真っ赤になった僕につられて、進藤も頬を赤くした。
「入って」
「おじゃまします…」
確かに進藤は喜んでくれたみたいで、彼の部屋に入ってコートを脱いでからも、色々褒め言葉を並べてくれた。
でもその後はいつも通り打っていて、碁盤に集中していたので、進藤の様子の変化になかなか気付くことが出来なかった。
パチッと勢いよく厳しい一手を打った後、少し進藤の方に視線を向けると――目があった。
じっと見つめられていたのにその時初めて気がついた。
「進藤…?」
声をかけると、碁盤越しに腕を掴まれ、一気に引き寄せられた。
そして―
すぐさま顔が近付いてきて…口を塞がれた―。
「―…ん…っ…」
今までこんな風にキスをしたことは何度もあった。
優しく重ねられた唇が心地よくて、僕はいつもしみじみ感じていた。
幸せだなぁ…と―。
そのうち唇が離されて、お互いの息が頬に触れた。
「…ぁ…」
今日のキスは特別長くて、思わず吐息に声が混じってしまったり。
その時だった。
いつもなら手を離してくれて、また対局の続きを打つところなんだが、今日は更に強く握られた。
思わず
「痛っ…」
と声を上げるほどに―。
そして碁盤を避けて更に近付いてきた進藤に、ぎゅっと抱き締められた。
「進…藤…?」
そのまま体を床に押しつけられる―。
自分の体に跨がっている彼の顔を見ると、いつも以上に熱を帯びているようで、いきなりの展開に怖くなった。
そして彼の唇が口ではなく首に吸い付いてきた時――一気に目の前が真っ暗になった気がした。
「いやっ…!」
進藤の体を思いっきり押して、足でも蹴って、体を離そうとした。
「…っ―」
それが上手いこと彼の溝に入り、怯んだ隙に体を起こし、一気に走って部屋を出て……帰った。
とにかく怖かったんだ。
何の心の準備も出来てないのに―
あんなにいきなり―
そりゃいつかは進藤ともああいうことをするのかな…と、心の片隅では思っていたけど…。
でも…まさか…今日とは思わなかった。
もっともっと先の話だと思ってた。
それ以降、彼の家に行くことは二度となかった。
それからからは大勢の人がいる囲碁サロンで会って、打っていたわけだけど、あれは何月だったかな。
彼が突然「北斗杯の予選が終わるまでは来ねぇ」と言った。
すぐさま頭の中で計算してしまった。
4ヶ月…?
120日…?
それだけの期間キミは来ないと言ったのか?
絶望的な数字だった。
やっとやっと打てるようになったのに―
気持ちも通じたのに―
だけど、あくまでで来ないと言ったのは「囲碁サロン」だけで、会わないとは彼は言わなかった。
案の定、他の場所で会ってデートもしたし、そのついでに碁も打つことが出来た。
そして1ヶ月が過ぎ―
2ヶ月―
3ヶ月―
あっと言う間に4ヶ月が過ぎて、彼は見事北斗杯の代表になった。
そしてまたサロンには通ってくれるようになったし、何も問題はなかった。
僕達の進展を除いては―。
初めてキスをしたのは告白されてすぐ直後。
そして今もキス止まりだ―。
もう半年が過ぎようというのに―。
あの時…僕が逃げ出したりしなかったら、もっともっと深い関係になっていたのかな…。
少々悔やまれるが、チャンスは何もあの時だけじゃない。
あれから何回もデートしたし、いいムードになった時も何度もあった。
その度にちゃんと心を落ち着かせて、今度は逃げないよう身構えてた訳だけど…
だけど―
全くもって彼はキス以上の関係に踏み込んでこない。
今の僕はあの時とは違うのに!
準備万端なのに!
そんな時、彼が社君と3人で北斗杯前に練習試合をしようと言ってきた。
場所を尋ねると、社の泊まるホテルとかかなぁ、と。
そんな所で打たなくても僕の家を使えばいいし、客室に社君も泊まればいい、と軽い気持ちで言った。
すると進藤がオレも泊まる!と言い出したのだ。
進藤が…僕の家に…泊まる…?
それって…それって…もしかして今度こそ期待していいのか?
泊まるということは一晩中一つ屋根の下ということだ。
恋人同士の若い男女がそのシチュエーションで何もないはずかない!
そうだろ?!進藤?!
それでももしキミが何もしてこなかったら、もう別れてやるからな!
――合宿初日。
僕の期待とは裏腹に、進藤と社の気迫はすごかった。
思わず夜通しで打ちまくってしまった程だ。
楽しい。
やっぱり囲碁って楽しい。
僕のテンションも最高潮だった。
でも―
違うだろ!
まさかキミ達はひたすら打ち続けるつもりか?!
冗談じゃない!
そんな時倉田さんが
「ちゃんと寝るように」
と釘をさして帰っていった。
団長に言われたんじゃしょうがないよね?と、夜9時頃から進藤と社をお風呂に押し入れて、僕も入れ違いに入った。
時間は10時。
寝るのにはまだ早いが2人にお休みを告げて、自室へ戻った。
来い、進藤!
来なければ…来なければ…本当の本当に別れてやる!
「………来ない」
あれから30分が経過した。
だけど全く来る気配がない。
だんだんイラついてきて、立ち上がった。
もうキミなんて知らない!
怒りながら部屋を出て、台所に向かった。
正直、緊張のしすぎで喉が渇いた…。
お水を一杯飲んで喉を潤して戻ると、部屋の戸が開いていた。
進藤がキョロキョロ中を見渡している。
遅い…っ!
でも来てくれたことに安堵して、肩をポンッと叩くと進藤が振り返った。
「塔矢…」
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