●INITIAL EXPERIENCE 1●


――あの日、いつものようにオレん家に打ちに来ていた塔矢は、やけに可愛かった。

滅多に着ないスカートなんか穿いちゃって。

それがレースのキャミソールとのアンサンブルと、見事なまでに合っていて。

微かに化粧なんかもしてたりしてて。

だから対局途中なのにも関わらず、我慢出来ず、直ぐさま引き寄せてキスしてしまった。

柔らかくて、暖かくて…気持ち良かった。

少し目を開けると、頬を赤く染めて目を瞑ったまま、それに答えてくれる塔矢の表情が見えて―

触れている腕からもドキドキしてるのが伝わってきて―

嬉しかった。

こんなに可愛い塔矢が自分のものなんだなって。


――とまぁ…ここまでは良かったんだ。

だけど、その後聞いてしまった。

長いキスの後、離した唇から

「…ぁ…」

と口から洩れるアイツの吐息を。

一気に理性が飛ぶきがした。

気がついたら塔矢を床に押し倒してしまっていた。


――そして

当然の如く拒まれて―

直ぐさま家から出て行かれた。

付き合い始めて2ヶ月のことだった。


あれから4ヶ月。

未だに進展しない。

ずっとキス止まりだ。

付き合い出して半年。

時期的にも気持ち的にもそろそろいいよな?

と思うんだけど…体が動かない。

また拒まれたらどうしようって…。

一回ならまだいいけど、二回拒まれたらさすがのオレも立ち直れない…。

かといってずっとこのまま清い関係を続ける気も更々ない。

どうしたらいいものか…と悩んでいたら大阪のアイツから電話がかかってきたんだ。



「塔矢、ちょっといいか?」

「何?」

休憩時間になってすぐ、塔矢を呼び止めた。

「社がオレん家に電話して来た」

「社君が?」

「番号は日本棋院で聞いたんだろうな」

「それで?何だって?」

「北斗杯の前にオレ達と練習試合打てないかってさ。もしいいなら大会の3日前に東京へ出て来るって」

「―いいよ。場所は?」

「決めてねぇけど、社がどこかホテルに泊まるだろうから、その部屋とかかなぁ」

そう言うと少し考えて塔矢が言い出した。

「僕のうちでどうだ?社君もホテルなんかじゃなくうちに泊まればいいし」

「おまえん家?」

その言葉にギクリとした。

いきなり塔矢が家に社を泊めるなんて言い出したから―。

「オレも泊まる!その方がみっちり打てるぜ!」

碁が大好きなオレの彼女は、その『みっちり打てる』という言葉に反応して、すぐさま了解した。

オレにとっては社と塔矢を二人きりにするという最悪の状況を避けれればそれでよかったわけだけど…

…でも、これってもしかしたらチャンスなんじゃねぇのか?

聞けばあの親父さん達はいないって言うし。

社さえ上手く出し抜けば塔矢と甘い一夜を過ごすのも夢じゃねぇ!

こんなの滅多にあるチャンスじゃない!

塔矢が

「頑張ろう」

と言ったその時にはオレの心は固まっていた。

あぁ、頑張るよ。

何としてでもその滞在中に……決めてやる。

でなきゃ男が廃るぜ!



――約束の北斗杯4日前、待ち合わせた社と塔矢家に向かった。

「遅い!」

と言わんばかりの塔矢相手に派手な言い争いをして、社に少々呆然とされてしまった。

その後塔矢が社に

「北斗杯のレベルを分かっているのか?」

などと挑発的な厳しい言葉を連発したわけだから、社は

「キレいな顔に似合わずキッツい性格やな」

と後でオレにぼやいた。

確かにそうだ。

塔矢は碁のこととなると性格が変わる。

でもな、社。

それ以外の時は…すげェ可愛いんだぜ。

絶対に教えてやらないけどな!


だけど初日はとうとうその鉄壁の顔が破られることは一度もなかった。

交代で仮眠を取りながら一晩中打っていたせいだ。

おいおいおい。

まさか3日間ともこんな調子じゃないだろうな?!

これじゃあ塔矢とするどころか二人きりにもなれねぇし!


―しかし、二日目の朝にやって来た倉田さんが救いの手を差し延べてくれた。

「夜はちゃんと寝ろよ」

と―。

そうだよ!

ちゃんと寝ようぜ皆!

団長の言葉には塔矢と社も素直に従って、2日目は夜10時には寝る準備が出来ていた。

「お休み」

と自分の部屋に戻って行った塔矢は、すっかり強張っていた顔は緩んでいて、お風呂上がりで湯だっていたせいもあってか――すごくキレいだった。

思わず鼓動が高鳴る。

落ち着け。

後は社をどうするか、だ。

秀策の話を少しした後、オレの方から「お休み」を切り出した。

トイレに行く振りをしてアイツの部屋に行くというのは無理だ。

何時間も帰ってこなかったらいくらなんでも不思議に思われる。

ここは社が寝てしまってから、こっそり抜けるのがベストだ。

早く寝てくれねぇかな…。

でないと塔矢も寝ちまう!

社に背を向けたまま、耳だけで様子を伺っていた。



――20分ぐらい経っただろうか。

ようやく寝息が聞こえてきて、オレは体を起こした。

よし…寝たな。

頼むから朝までぐっすり眠っててくれよ〜、と心の中で叫びながら、そうっと部屋を出た。


「ふぅ…」

ひとまず第一関門突破だ。

次は塔矢。

どうやってアイツをその気にさせよう。

前もそれなりに雰囲気は盛り上がっていた。

だけど拒まれた。

何が問題だったんだろう…。

付き合って2ヶ月じゃ早過ぎたのかな…。

まだ中3だったし。

時間が問題ならそれはもうクリアなはずだ。

だけど原因が時間じゃなかったら……どうしよう。

例えば

「僕は結婚まで貞操は守る主義なんだ!」

とか。



………ありえる。

あの塔矢のことだ、可能性としては十分ありえる…。

それだけは違いますように!!

神様っ!!


そんなことを思いながらも足は確実に塔矢の部屋に向かっていった。

あと5メートル…。

4メートル…。

3……

2…

1。

着いた。

心臓をバクバク言わせながら取りあえず声をかける。

「塔矢っ」



しーん…



「塔矢?」


「……」


全くもって反応がない。

部屋が違ったか?

いや、確か昼間確認した時にはここだった。

まさかもう寝ちゃったのか?!

恐る恐る戸を開けてみた。


「塔矢〜?」


あ…れ…?


確かに布団は敷かれている。

部屋はあってる。

だけど…だけど…

当の本人がいねぇ!

どこ行ったんだ?!

と部屋中をキョロキョロ見渡していたら、肩に何かが触れる感触がした。


「進藤」


その声に振り返ると塔矢が立っていた―。





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