●IGOKON U 2●
「最近アキラ君とはどうなんだ?進藤」
「そうっすねー……相変わらず囲碁漬け、かなぁ…」
ブクブクブク…とオレは鼻まで温泉に顔を浸けた。
オレは今日から松山の道後温泉に来ていた。
もちろん旅行じゃない、対局だ。
十段戦挑戦手合、第一局。
前夜祭の後、風呂に行こうと現十段である緒方先生に連行された。
「そんな分かりきったことを聞いてるんじゃない。夜の話だ」
「夜ねぇ…」
夜と聞いて昨夜のことを思い出す。
昨夜、オレは塔矢を一ヶ月ぶりに求めた。
もう我慢の限界だった。
本当はもっともっともーっと塔矢を抱いて抱いて抱きまくりたいんだけど、自分達の結婚の意味を思い出して自粛の毎日。
囲碁の為に結婚してることが最近…いや、結構前から辛くてたまらなかった。
そりゃあの塔矢アキラ様と暮らして毎日時間を気にすることなく打ちまくってる訳だから、棋力は上がる上がる、タイトル取り放題な訳だけど。
でも好きな女と暮らしててロクに満足に抱けなくて、これ以上辛い暮らしが他にあるんだろうか。いや、ない。
そもそも最初から間違ってたんだ。
周りから色々言われるのが面倒くさいから付き合おう結婚しようじゃなくて、ちゃんと正直に好きだって伝えればよかった。
今になって10年前をめちゃくちゃ後悔してる。
「ちゃんと子作りしてるんだろうな?」
「いい棋譜は産み出してますけどね〜」
「お前なぁ…」
子作りなんて恐くて言い出せない。
今みたいに軽く抱くのだって必死なのに――
『…え?するの…?』
初夜の時、塔矢に驚かれたことが今でも忘れられない。
囲碁婚なのに?と。
『当たり前だろっ。囲碁婚ってことは他の奴には内緒だし、ちゃんとした意味で夫婦になっておかないといつかボロが出るぞ。大丈夫、パパッと終わらすから!』
初回が本当にパパッと終わってしまったものだから、以降ずっと同じように抱かなくちゃいけなくなってしまった。
失敗したと心底思う。
「進藤、アキラ君はもう33なんだぞ。本当に分かってるんだろうな?」
「知ってますよ〜そのくらい。オレと同い年ですもん」
「いいや、お前は分かっていない。明子さんがどれだけアキラ君に病院に行くように勧めてるのか知ってるのか?」
「……え?」
病院…?
「まぁ10年も出来てないんだ、立派な不妊だと思うがな。アキラ君じゃなくてお前に原因があるのかもしれない。心配ならお前も早く病院行くんだな」
「……」
「言っておくが35を過ぎたら高齢出産だからな。リスクが高まるぞ」
早くしろよ、と言いたいことだけ言って、緒方先生は先に温泉から出ていってしまった。
昨日塔矢が実家に昔の棋譜を取りに帰った時のことをふと思い出した。
母に捕まってしまったよ、と言ってグッタリしていた。
もしかしなくても子供について責められたんじゃないだろうか。
ちなみに塔矢の実家から何か言われたことはオレは一度もない。
塔矢にだけ集中攻撃だったのかもしれない。
「うわぁ…マジか」
可哀想なことをした。
アイツ何でオレに何も言わないんだよ。
帰ったら、塔矢とちゃんと話そう。
碁の話ばかりじゃなくて、オレらの関係について見直すいい機会だ。
――それに
子作りってことを名目にしたら、もしかしたらもっと抱けるんじゃ?
よし!明日の対局、速攻終わらせて最終便で東京に帰ってやる!
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