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京田さんと付き合い始めて3ヶ月。

高校は夏休みに入った。

当然囲碁イベントも日本各地目白押しで、私も今日は幕張である大規模イベントを手伝いに来ていた。

女流立葵杯として――


そう、先月私は母が牛耳っていた女流タイトルの一つ、女流立葵杯を奪取していた。

 


「今日は早碁となりますが、倉田天元と打てること心待ちにしてきました。皆様に楽しんで頂けるような碁を目指したいと思いますので、本日はどうぞよろしくお願い致します」


挨拶が済み、私は壇上でタイトルホルダーの一人、倉田厚天元の前に座った。

今日のメインイベントは私とタイトルホルダーの対局だ。

チラリと会場奥のブースを見る。

指導碁コーナーの一角で、京田さんが5人のお客さんと多面打ちをしているのが見えた。

京田さんが顔を上げてきて、一瞬だけ目が合ったような気がした。

慌てて自分の盤上に視線を戻す。


「「お願いします」」


持ち時間は無しで一手30秒、1分の考慮時間が10回与えられている。

この対局の解説は父、進藤本因坊が担当していた。

テレビCMとかにもしょっちゅう出て、一般人にも有名な私の父。

お客さんもそんな父のファンが多いのか、若い20代後半くらいの女性客が目立つ。

もちろん夏休みだから小中学生も多いのだが。

 

 

 

 


「お疲れ様でしたー。午後の対局14時からです」


私の出番は午前に一局、午後に一局となっている。

スタッフ用の休憩室でお昼ご飯のお弁当を頂いていると、指導碁コーナーを担当していた数名の棋士も入ってきた。


「進藤さんお疲れさまー」

「お疲れ様です」


ペコリと返す。

入ってきたその中に、もちろん京田さんもいる。

けれど、私達が人前で会話をすることはほとんどない。

他の人には交際していることを隠しているからだ。


「お疲れ〜」


父も休憩にやって来た。

タイトルホルダーの登場なので、若手棋士は全員席を立って「「お疲れ様です」」と挨拶を返していた。


「佐為もお疲れさん。倉田先生相手になかなかいい勝負してたじゃん」

「でも負けは負けだよ…」

「午後はよろしくな〜」


午後は父との早碁だった。

楽しみではあるが、恐ろしくもある。

早碁オープンで優勝常連の父に、娘の私がどれだけ食らいつけるか……


「京田君、指導碁の方はどう?」

父が弟子である京田さんにも声をかける。

「楽しいですよ。それぞれ個性豊かで、プロでは中々見ない手も打ってくるので新鮮ですね」

「へー」

俺も指導碁したいな〜と父がボヤいていた。


このイベントは2日に渡って開催されるから、今夜は近くのホテルで棋士は全員宿泊することになっている。

ビジネスホテルなので一人部屋なのは正直助かる。

地方の温泉旅館とかが会場だと相部屋が基本だからだ。

 

 

 

 


「お疲れ様でした」


午後の対局を無事終えた私は、他の棋士と一緒に歩いてホテルへと移動する。

イベント会場の目の前が宿泊するホテルだからだ。

部屋に荷物を置いて着替えを済ませたら、次は参加者全員強制参加の懇親会だ。

棋士以外にも棋院スタッフや主催、運営スタッフも大勢が参加していて、女流のタイトルホルダーである私はなぜか来賓にお酌に回らされている。


「お母さんに似て美人だねぇ」

とセクハラまがいの発言をしてくる親父ももちろんいた。


「高校生?もう彼氏もいるのかい?」と。

流石に「若い男は早漏でいかんだろう」と耳元で囁かれた時は鳥肌が立った。

このビール、頭からかけてやろうか……


「冷た…っ!!」

 

―――え?

 


私が思ってた通りのことを、京田さんがドボドボドボ〜とこの変態親父の頭からビールをかけていた。


「あ、すみません。手が滑りました」と。

「何をする!ワシを誰だと…っ」

「誰でもいいですが、うちのタイトルホルダーにこれ以上失礼な発言をするなら、訴えますが?」


全員の目がこっちに向けられている。

流石にマズいと思ったのか、変態親父は退散して行った。


「大丈夫?」

「……はい」


京田さんが優しく抱き締めてくれて、頭を撫でてくれる。

交際してることは隠さなくちゃいけないのに。

それでも彼の胸で涙を拭うしかなかった。

 

 

 


「進藤先生からさっきの代議士に正式に抗議してもらったから」

「ありがとうございます…」


懇親会場から私の客室へと帰って来た私達。

「ごめんなさい…」

「何が?」

「だって、皆にバレてしまったでしょう?私達のこと…」

「そうだな…」


今まで隠してくれていたのは全部私の為だ。

囲碁の世界は頭が古い人が多い。

やはり高校生が男女交際をするということは、下世話なネタにされてしまうのだ。


「でも俺はこれからは大っぴらに進藤さんの傍にいられるから嬉しいよ」

「え…?」

「常に横にいてああいう奴らから守るから。安心して?」

「…ありがとうございます」


もう一度ギュッと彼に抱きつく。

ただ今は……ベッドが横にある危険な状況だ。


「…早漏じゃないってこと、証明してもいい…?」

と耳元で囁かれる。

チュッとそのまま耳にキスされる。


「…いいよ」

 



棋士はある意味サービス業だ。

ファンあっての、スポンサーあっての職業。

これからも少なからず、ああいう人への対応も求められるだろう。

上手くかわせていけたらなと思う。

一緒に。


「あなたを好きになってよかった…」

「俺もだよ…」

 

 



END

 



失礼な!京田さんは全然早漏じゃないわよ!お兄ちゃんに証明してやって!京田さん!by 彩)

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