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京田さんと付き合い始めて1ヶ月。

新たに気付いたことが多々ある。



「お疲れ」

「待っててくれたんですか?」

「どうせ検討してたから」


私の対局は終局時間が遅いものも多い。

今日も名人リーグで持ち時間は5時間。

取材や感想戦も終えると夜9時を過ぎていた。

こういう日は、彼は必ずロビーで私を待っててくれるのだ。

そして家まで送り届けてくれる。

決して送り狼になることもなく、純粋に私を心配して。


(紳士だ…)



「今度の土曜日空いてるんですが、一局打ちませんか?」

「いいよ。俺んち来る?」

「はい」


京田さんの家は私の家から4駅先にある。

何度かお邪魔してると、今まで知らなかった彼の勉強量が見えてくる。

部屋は常に整理整頓されていて、そして囲碁系の本はかなり多い。


「これでも絞って持ってきたんだけど…」


実家にはもっと大量に本があるらしい。

そう――彼はかなり囲碁に関してストイックだ。

きっと私が学校に行ってる平日昼間も、ずっと勉強と研究をしてるんだろうと推測される。

さすが囲碁を始めて9ヶ月で院生に、院生になって210ヶ月でプロになっただけのことはある。

しかも――師匠も無しで、独学で。

 


「あれ?あの布石本持って来なかったっけ…」

面倒だけど取りに行くか…、と溜め息をつく彼。


「ちょっと実家に本取りに帰ってくるけど、進藤さんはどうする?

「え?」

「一緒に来る?ここで待っててもいいけど。1時間はかからないと思う」

「…行きます」


一緒に彼の実家に向かうことになった。

彼の実家は広尾だ。

いかにも高級住宅街にある、低層マンションの2階。

直ぐ近所にどこかの国の大使館もあって、警備も重々しい雰囲気。



「お帰りなさい、昭彦さん。あら…」


京田さんの家に行くのは2回目だ。

前はプロ試験の時に彩達も一緒に。

でも今日は一人なので、自ずと紹介されることになる――彼女として。


「前も1回来たことあるけど…」

「進藤さんよね?昭彦さんの師匠の娘さんの…」

「うん、そう。最近付き合い始めて…」

「まあ…!」

「進藤佐為です。よろしくお願いします」


京田さんのお母さんはいかにもマダムという感じで、でもどちらかというと私の祖母の明子に雰囲気が近い。

きっと育ちがいい、根っからのお嬢様なんだと思う。

お菓子作りが趣味らしく、この日も帰り際にたくさんお土産として持たせてくれる。


「帰って来るって連絡くれてたらもっと作って待ってたのに」

「いや、もう充分だから…」


お目当ての本を見つけた彼は、早々に帰ろうとする。

お母さんは少し残念そうだ。


「進藤さんもまたいらしてね」

「はい。お邪魔しました」


帰り際、マンションのコンシェルジュとやり取りをする彼からも、少しばかり育ちの良さを感じる。

(実際いいんだろうけど…)



今や外国人だらけの都内。

恵比寿まで歩くと、外国人に道を尋ねられることも少なくない。

もちろん私も喋れる方だと思ってたけど……


(京田さんの英語力はネイティブ並だ…)


それにフランス人だと分かればフランス語に切り替える。

ブラジル人だと分かればポルトガル語に。

中国人には普通語を、香港人には広東語を。


(京田さんて一体何者…?)


もちろん棋院も既に京田さんの語学力の高さは認識していて、彼は毎年国際アマチュア囲碁カップの手伝いに駆り出されていた。

 

 

 


「進藤さん…」


でも、どんなに彼が紳士でどんなにすごくても、やっぱり18歳の男の子で。

部屋に戻って二人してしばらく本を読んでたら、京田さんが不意打ちのようにキスしてきた。


「――…ん……」


最初は優しく啄んで、しばらく続けているうちにどんどん深くなって。

そしてキスを解かれると……


「…いいかな?」

と最終確認される。

恋人の部屋に遊びに一人で来てるわけだから、私だって最初からそのつもりだ。

コクリと頷くともう一度キスされて、そしてベッドに押し倒してきた。

 


「…は…、佐為…」


普段は「進藤さん」呼びなくせに、情事の時だけ下の名前を呼び捨てにしてくる彼。

でも、それも悪くない。

いつかずっと呼んで貰える関係になれたら嬉しい。

 

 

 


「じゃ、また研修会で」

「はい、お休みなさい」

「お休み」


最後はやっぱり家まで送ってくれる紳士な京田さん。

私が家に入って、鍵を掛けるのを見届けてから彼は帰って行った――

 

 

END

 



ちょ、待って!何でお兄ちゃんは即京田さんのお母さんに紹介されてるのー??by 彩)

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