if side:怜次J 番外編〜細川視点@〜





「細川は好きな女子いるの?」



6の修学旅行の夜。

何故か恋バナがスタートして、順番に暴露大会になった。

オレの番になって、そう問われたオレが真っ先に頭に浮かべた顔。

それが昔同じ将棋クラブで出会った『後藤楓』だった――

 

 

 



「塁斗君は中学受験するの?」

「一応…、海王受けるつもり」

「へー!海王かぁ!いいね!私も受けようかなぁ」


奨励会に入っても、将棋クラブには時折顔を出していた。

研修会に通う楓も同じで、オレらはよく顔を合わせていた。


「でも何で海王?塁斗君の家から近いの?」

「近くないけど…、通えない距離じゃないから」

「ふーん?」


本当は一つだけ目的があった。

先日の研究会で、師匠の加賀先生がオレに言ったんだ。


「囲碁ではオマエと同い年の奴がプロになって勝ちまくってるんだからな!細川も早く初段に上がれよ!」

と――


四段でプロ棋士の将棋と違って、囲碁は初段でプロだ。

それでも小学生でプロになれるのはほんの一握り。

余っ程才能がある奴だ。


(誰なんだろ…)


ググると何でもすぐに教えてくれるネット。

師匠が言っていたのはおそらくコイツのことだ――緒方怜次初段。

海王小学校6年生。

入段してから負けなしの10連勝中。


(どんな奴なんだろ…)

(海王小ってことは当然海王中に進むよな?)

(海王中に行けばコイツに会えるのかな…)

 

 

 


もともと学校の成績もそこそこ良かったオレは、無事海王中に合格する。

楓も合格していた。

でも海王中は一学年8クラスだ。

当たり前のように緒方怜次とは同じクラスにはなれなくて、でも何故か楓とは同じクラスで。

1は相変わらず将棋だけの日々で過ぎていった。

夏休みに初段に上がれたのは良かったかな。


そんな中、衝撃的なニュースがオレの耳に入ってくる。

111月に、緒方怜次が名人リーグ入りを果たして、一気に七段に昇段したと――


(嘘だろ?!)

 

 

 

 



「わ、塁斗君また同じクラスだね」

「うん…」


2
年になり、初日にクラス発表があった。

名前の一覧を見た時に、オレは目を見開いた。


(緒方怜次と同じクラスだ…、やった)


ちょっと興奮気味に楓とクラスに足を踏み入れると、教室の奥に既に彼はいた。

同じ囲碁のプロ棋士である進藤彩と話していた。

緒方君と進藤さんがお互いに特別な感情があるのは一目瞭然で、事実、夏頃から二人は交際を始めたみたいだった。


そういうオレは恋人はプロになるまで作らないつもりだ。

まだ初段のオレに恋愛ごとでよそ見をしてる暇はない。

デートしてる暇があったら一局でも多く指して、一局でも多く研究した方がいい。

ずっとそう思ってた――

 

 


そんな中、楓が研修会B1に上がり、女流棋士2級となってデビューした。


「良かったね〜楓」

「うんうん!」


楓が親友の進藤彩と泣いて喜んでいた。

オレが緒方君とほぼ話せていない状態が続いてるのに、楓は進藤さんとちゃっかり仲良くなってることにちょっとムカつくが、楓経由、進藤さん経由で緒方君の情報も入ってくるので……まぁいいか。



その翌月のバレンタインデーで、オレは楓に

「好きです」

と告白されることになる。

コイツの中で女流棋士になることが一区切りだったんだろう……ぶっちゃけそんな予感はしていた。

でもオレはプロになるまで彼女を作るつもりはない。

もちろん即断るつもり……だったのだが、楓の体が緊張で震えているのに気付いたオレは……それを言い出せず。


「……ちょっと考えさせて」

と一旦保留にする。


オレは後2連勝すれば二段に上がれるところまで来ていた。

でもまだ二段だ。

まずは三段に上がって、でも三段リーグを抜けるのに果たして何年かかるんだろう。

もしかしたら抜けれないかもしれない。

告白を断ったら楓はどうするのだろう。

オレが四段になるまで待ってくれるのかな。

それとも新しい恋愛をして、オレのことなんか忘れてしまうんだろうか。

楓が他の男と一緒にいる様子を想像しただけで……胸が張り裂けそうになった。

自分は付き合えないのに…他の奴とも付き合って欲しくないなんて、オレって何て酷い男なんだろう……

 

 

 


「楓、細川君に告白したら保留にされちゃったんだって」

「ふぅん…」


数日後の放課後、忘れ物をして教室に戻ると、緒方君と進藤さんがオレらのことを話していて――オレは慌ててドアに隠れた。


「楓あんなに可愛いのに、何で即OKしないの?私には理解出来ない」

「細川君にも色々あるんだろ…」

「色々って?」

「例えば…将棋の勉強の邪魔になるって考えてるとか。もしくは恋人はプロになるまで作らないって決めてるとか」


――ドキリ


緒方君は鋭い。


「えー、彼女が邪魔になるの?怜次もそうなの?私、邪魔?」

「俺の戦績が邪魔になってるように感じる?」

「……感じない。怜次、今何連勝中?」

12連勝。このまま連勝賞狙おうかな」


……彼女が邪魔になるわけじゃないんだ。


「俺は彩に応援されたらますますやる気になるタイプだから」


オレは楓に応援されたらやる気になるんだろうか。

――うん、きっとなる。


「まぁいつ彼女を作るのかは人それぞれだよ。俺だって、本当はもっと先がよかった」

「え!私と付き合ったこと後悔してるの?」

「してるわけないよ。彩を他の奴に取られるくらいなら、自分のどうでもいい理想なんて捨てれるって話」


――確かに


楓を他の奴に取られるくらいなら―――オレのプロになるまで…なんていう、どうでもいい理想は捨てれる気がした。


(今度の奨励会…、頑張ろう)


2
連勝して二段に上がろう。

もし上がれたら、楓と付き合おう。


このやる気が力になるなら、恋人を作るのも全然悪くない――

 

 

 

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