●HINAMATSURI 1●
3月3日―――雛祭り。
オレはこの日、ある目的の為に塔矢の家に向かった。
手土産は途中の和菓子屋で買った桜餅。
あと、クマのぬいぐるみ。
もちろんこっちは塔矢にではない。
目的の家に着いてピンポーンとチャイムを鳴らすと、カチャカチャと不慣れな手つきで何とか錠を開け、小さな女の子が顔を出してきた。
「あ、進藤お兄ちゃんだ」
「こんにちは」
続いてパタパタと小走りでこの子の母親・塔矢アキラが玄関にやってきた。
「進藤、早かったな」
「道が思ったよりすいてて」
「あがって」
「うん、お邪魔しまーす」
いつもの台所横の和室に通された。
今日は珍しく隣の部屋とを仕切る襖が開いてるな〜と思ったら、案の定。
大きくて立派なひな壇が飾られていた。
「すげ、これ亜樹ちゃんの?」
「うん!おじいちゃんが買ってくれたの!」
嬉しそうに見て見て〜とオレをひな壇の前に引っ張っていく。
「あ、そうだ。これ亜樹ちゃんにお土産」
例のぬいぐるみを袋から出して渡してやった。
「わぁ…可愛い!ありがとう進藤お兄ちゃん!」
「どういたしまして」
「お母さん見て見て〜!進藤お兄ちゃんがクマさんくれたの♪」
「良かったね。大事にするんだよ」
「うん!」
塔矢がお茶を入れてくれたので、オレは彼女の前に腰を下ろした。
「あ、オマエにもお土産」
「桜餅?ありがとう。じゃあ早速皆でいただこうか」
亜樹ちゃんも座って、三人でお茶がスタートした。
…さてと、本題に入ろうかな。
オレが今日ここに来た目的。
それは………
「亜樹ちゃん…もう何才になったんだっけ?」
「4才だよ」
「4才かぁ〜早いよなぁ」
「そうだね」
「…なぁ、一人で育てるの…大変じゃねぇ?」
もう一年前になるのかな。
今日と同じ雛祭りの時期に――塔矢は離婚をした。
22で結婚して、23で出産。
約5年間の結婚生活にピリオドを打ったんだ。
家事も子育ても仕事も全部両立して、夫も人並み以上に手助けしてくれてて。
理想の家庭を築けていたはずなのに……いきなりの離婚だった。
価値観の違いが理由?
絶対ウソだ。
「…亜樹、食べ終わった?ちょっと自分の部屋で遊んでてもらってもいい?お母さん、お兄ちゃんと大事なお話があるんだ」
「…はーい」
オレがやったクマのぬいぐるみを抱いて、塔矢の娘は和室から出ていった。
4才になる可愛い女の子。
顔は塔矢似じゃない。
別れた夫似でもない。
じゃあ誰に似てると思う?
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