●GOOD BYE 5●
塔矢…?
あの看護婦、今『塔矢』って言わなかったか…?
まさかとは思うけど…―
「あの、すみません」
「はい?」
オレはその看護婦に詰め寄ってみた。
「今、塔矢って言いました?」
「ええ、それが何か?」
「塔矢って…塔矢アキラ?」
「そうですが…ご家族の方ですか?」
「いえ…違うんですけど、塔矢は何の病気なんですか?」
「は?病気?」
「ちょっ…ヒカル君、何聞いてるの?」
「いいから!お前は黙ってろ!」
「……」
ここって産婦人科だよな?
ここに来なくちゃ治らない病気って何だ?!
乳癌か?!
いや、癌の類いはそう直ぐには治らないだろ。
なら更年期障害か?!
早過ぎだろ!
じゃあ子宮系の病気か?!
月経系か?!
一体アイツは何の病気なんだ?!
「お願いします!病名だけでも教えてください!」
「部外者に口外は出来ませんので」
「……そうですか」
そりゃそうだよな…。
思わず大きな溜め息をついてしまった。
「栞、駐車場で待ってるから…」
「…うん、分かった」
待合室にはオレらの他に30代ぐらいの妊婦しか見当たらない…。
くそ…塔矢の奴、逃げたのか?
オレがいると塔矢が出て来れないような…そんな気がしたので、取りあえず駐車場に戻ることにした。
いいよ…今夜問い詰めてやるから―。
『塔矢今日、朝倉産婦人科に行った?』
この質問にはもちろん―
『行ってない』
と返ってきた。
…おい、塔矢。
『塔矢』なんて苗字滅多にないんだぜ?
同姓同名なんてまずありえねーんだ。
オマエあの病院で治療してるんだろ?
一体なんの病気なんだよ!
『あと一ヶ月で最初に言ってた半年になるけど、病気治りそう?』
『たぶん。今年中には復帰出来るよう頑張るよ』
……今年中か。
今日は9月19日。
そういや明日はオレの誕生日だな…。
去年はアイツに祝ってもらったんだっけ…。
嬉しかったよな。
いつも通りに打って…夕食にディナー食べに行って…プレゼント貰って…んでホテルで朝まで抱き合った―。
あん時が初エッチだったんだよな。
それからは度々するようになったけど―。
最後にしたのは確か……アイツと別れる1週間前だから、12月の始めか。
あん時はちょっと頑張り過ぎて、途中でゴムが切れてしまった。
その後はひたすら生でして…、まぁ一応は外に出してたんだけど……あれってほとんど意味ねぇらしい。
たくさんは出なくても、常に少量は出てるわけだから……妊娠してもおかしくなかったんだ。
もししてたら今頃は…臨月ぐらいだな。
生まれるまであと1ヶ月切るぐらいか…。
「…あれ?」
…そういやアイツの病気が治るのも、あと1ヶ月…だよな?
「………」
半年と5日とかいうあの正確な日数…。
それに産婦人科…。
もしかして…
アイツの病気って…
まさか…
「………」
オレは覚悟を決めてキーボードに手を置いた―。
『塔矢、オマエもしかして…妊婦してる?』
もちろん直ぐに返事は返ってこなかった。
けれど数時間後――
『もし、してたらどうする?』
って―。
どうするだって?
そんなの…
『ちゃんと責任取るよ』
『どうやって?』
『直に会って話そう。そしたら教えるよ』
『分かった。じゃあ明日、僕の家に来てくれる?』
『うん。手合い終わったらすぐ行く』
ここで今日のチャットは終了。
たぶん…アイツは本当に妊娠してるんだろう。
どうして気付いてやれなかったんだろう…。
どうして言ってくれなかったんだろう…。
言えなかったのか…?
オレが婚約してたから?
そんなの…オマエが妊娠してるって知ってたら速攻破棄してた―。
オレにはオマエしかいないんだ。
昔から―。
そして今も―。
「…ヒカル君?」
「え?あ…何?」
妻が部屋に入ってきたので、机に突っ伏していた体を慌てて起こした―。
「今日ね…、ヒカル君が病院を出た後、塔矢さん…お手洗いから出てきたの」
…アイツ、そんな所に隠れてたのか…。
「塔矢さんって……ヒカル君のなに?恋人?」
「なに言ってんだよ……んなわけねーじゃん。今はただの棋士仲間」
「でも昔は恋人だったんでしょう?」
「……まぁな」
「塔矢さんのお腹の子の父親は……ヒカル君なの?」
「……だったらどうする?」
栞は黙ってしまった。
そりゃそうだよな…、ショック…だよな。
ごめん…。
例えお前と会う前の話だったとしても……ごめん。
謝るしか出来ない…。
「ヒカル君…、私と離婚したい…?塔矢さんの元に帰りたい…?」
「……」
そうだな…。
正直な気持ち……したいかも。
でもお前のお腹の子供にだって父親は必要だし…、離婚したところで塔矢がオレと結婚してくれるとは限らないから―。
これは優柔不断なオレが招いた結果なんだ―。
「…オレが離婚するのは、お前がオレに愛想を尽かした時だよ―」
「…愛想尽かされるのは私の方よ…」
「え?」
なんで…?
「だって…だってこのお腹の子は…、ヒカル君の子供じゃないから―」
え…?
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