●GOOD BYE 4●




『妻が妊娠したみたい』




今日のチャットで進藤は衝撃の一言を書いてきた。


ふーん、そうなんだ。

奥さん妊娠したんだ。

何これ。

喜びのメール?

そんなに嬉しいんだ?



すっごくムカつく…。



怒りに任せて僕はパソコンを強制終了した。

ムカつく。

ムカつく。

すっごくムカつく!!


…そりゃあいつかはこんな日がくるんじゃないかって、思ってはいた。

結婚したら子供が生まれるのは普通だからね。

だけどキミは知ってる?

結婚してなくても生まれてくる子供だっているんだ。

このお腹の子がそうだよ。

もう7ヶ月になるお腹を撫でてみた。

…やっぱり妊娠してるって分かった時、すぐにおろすべきだったのかな。

殺しちゃうなんて可哀想…なんて、少しでも子供の気持ちを考えた僕がバカだったのかな。

異母兄弟がいるなんて…そっちの方が嫌だよね?

その上向こうはちゃんとした夫婦から生まれてきた子供で、こっちは僕が勝手に生んだ子供。

この子は一生その劣等感に悩まされることになるんだろうか…。

何だかますます可哀想に思えてきた。

じゃあもういっその事教えない方がいいよね。

子供にも進藤にも。

お互いがお互いの存在を知らない方が幸せなことだってある。

この子の父親は…死んだことにでもしよう。


そう設定付けると何となく気分的に吹っ切れて、次の日僕は進藤に謝った。


『昨日はごめん。
急に停電になったから返事を返せなかった。
奥さんおめでただってね。おめでとう。
キミ似の可愛い子が生まれるといいね』


嘘を陳列してみた。

けれど文章的には完璧。

僕の皮肉さなんて微塵も出ていない。


――だけど

今度は進藤の方から返事が来なかった。


しばらくしてようやく返ってきたかと思ったら、さっきの内容とはまるで関係のない、先ほどの対局についてのコメントばかりが並んでいた。

なんだこれは。

僕とは検討以外の話はしたくないってことか?

それもまたムカつく。

負けず嫌いの僕は、進藤以上の長い文章で先ほどの彼の手筋について文句ばかり書いてやった。

…僕らはチャット上でもケンカが得意らしい。








「あと1ヶ月ね、アキラさん」

昼食の時間、母が楽しみそうに言ってきた。

僕のお腹もとうとう臨月だ。

「腰痛くない?」

「うん、大丈夫。この椅子は凭れ心地がいいし」

父も母も僕が進藤に教えないことを最初は反対してたんだけど、今は納得…というか諦めてしまっている。

僕が昔から意思が強いことを重々承知だからだろう。

それに今更…という気にもなってしまったんだと思う。

妊娠が発覚した時はまだ進藤は婚約しかしてなかったけど、今はもう結婚して、その奥さんも身ごもっている。

この状況で告白したら、たぶん彼の家庭は壊れるだろうから―。

別にそんなつもりはない。

彼は彼、僕は僕だ。

元々僕は一生一人でもいいって思ってたぐらいだから、子供を産むきっかけをくれたことには感謝しているぐらいだ。


「産まれたらベビーベッドはどこに置いたらいいかしら」

「それより名前はどうするのかね?」

「アキラさんが性別を聞いて来てくれないから、決めようがないでしょう?全く、準備が全然捗らないわ」

「ごめんなさい…」

苦笑いして誤魔化した。

「アキラさんこれから定期検診よね。そろそろタクシー呼びますね」

「あ、ありがとう」

妊娠が分かってからは病院に行く時以外、僕はほとんど家から出ていない。

知り合いにこのお腹を見られたら困るし…。

でもそれもあと一ヶ月の我慢だ。

生まれたらまた好きなだけ公共機関を使って移動しよう。

早く手合いにも復帰したいな。

ちゃんとしたタイトル戦で進藤と戦いたい―。



タクシーで産婦人科専門の個人病院に移動した。

総合病院にしなかったのは、極力知り合いに見つかる可能性を下げるため。

しかもこの病院は近くに総合病院があるから結構穴場で、比較的待ち時間が短くてすむんだ。


「はぁー…」


「…どうかなさったんですか?」

隣りに座っていた女性が先ほどから溜め息を連発しているので、ついに声をかけてしまった。

「いえ…少し心配ごとがあるだけなので気にしないで下さい」

「はぁ」

見たところ6・7ヶ月目ぐらいだろうか。

マタニティ・ブルーなのかな?

話を聞いてあげた方がいいんだろうか…。

決心して声をかけようと思ったその時――彼女が見ていた母子手帳の名前を見て……僕は固まってしまった―。


『進藤栞』


一瞬目を疑った。

この名前…どこかでみたことがある。

…そうだ、進藤の結婚式の招待状。

新婦の名前は確か『栞』だった。


ということはこの人…まさか…―



「栞っ!」

「あ、ヒカル君」


やっぱり…!


慌てて僕は席を外して、進藤から死角になる場所に移動した。

そのままその奥のトイレに駆け込む―。


危なかった…。

ここでバレたら今までの苦労が水の泡になるところだった―。

そうっと戸を微かに開けて、二人の様子を伺ってみる。

「保険証忘れてたよ。月初めはいるんだろ?」

「あ、ありがとう。看護婦さんに忘れたって言ったら、次回持ってくるようにって言われたの。ちょっと今見せてくるね」

「ああ」


…進藤、久々に見たな。

すごく綺麗で育ちの良さそうな奥さんじゃないか。

良かったね…。

…でも奥さん、溜め息を吐いてたよ?

ちゃんと気付いてあげてるんだろうな?


「塔矢さーん。お入り下さーい」



嘘っ…!



僕はものすごくタイミングが悪い所で名前を呼ばれてしまった―。











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