●GOOD BYE 3●


「進藤、お前もしかしてネット碁やってる?」

「おー、さすが和谷。もう気付いたのか」


昨日・一昨日と早速オレはネットで塔矢と打った。

元々頻繁に活用してるzeldaこと和谷は早くもそのことに気付いたらしい。


「いや、誰でも気付くって。akiraとhikaruがタイトル戦並みの気合いの入ったすげぇ内容の碁、打ってたんだからな」

「いい案だろ?これならアイツと実際に会わなくても毎日打てるし♪塔矢が提案したんだぜ」

「え?塔矢に会えたんだ?芦原さんが門前払いくらったって言ってたけど…」

「うん、会えたことは会えたんだけどさ、もう来ないでって言われちまって…。たからネット碁」

「で?塔矢の様子はどうだったんだ?やっぱ寝込んでた?」

「いや、結構普通だったぜ?見た目では全然分かんなかった。でも治るまであと半年はかかるってさ」

「半年?!重病じゃん!」


そうなんだよな…。

普通完治に半年なんていったらかなりの重病だ。

だけど実際に見たアイツは今までとちっとも変わっていなかった。

無理して明るく振る舞ってたのかな…?

そんな風には見えなかったけど…。


「今夜も打つのか?」

「おぅ!もちろんそのつもり。今夜は持ち時間3時間とかやっちゃおっかな〜」

「おいおい…新婚が何やってんだよ。新妻放っといて毎晩ネット漬けなんてやめておけよ。呆れられるぜ?」

「……」


そうだった…。

オレってまだ結婚して半月なんだよな…。

それなのに昨日も一昨日もその前も一緒に寝てない…。

普通この頃が一番お盛んな時期なのに……何やってんだよオレ―。

妻放っといて元カノとネット三昧なんて最低な夫じゃねーか…。

やっぱ今日は1手5秒の早碁にしよう…。

それでも塔矢と打つことをやめない自分が呆れるぜ。




「ヒカル君、今夜もパソコンするの…?」

「あー、もうすぐ終局だからちょっと待ってて」

奥さんが不安げにオレの部屋を覗いてきたので、さらにスピードをあげて打った。

それに応えて塔矢の方も早く打ってくれる。

あっと言う間に終局してしまったので、チャットで『オヤスミ』と打ってから、オレは電源を落とした。

あーあ、検討したかったけど…仕方ないよな。



「…ん…―」

寝室に戻ったオレは直ぐさま奥さんにキスをして、ベッドに押し倒した―。

けれどいまいち気持ちがのらないから…ちっとも楽しくない。

塔矢と打ってた方が100倍楽しいし―。

アイツと付き合ってた時も、碁以外にこういうことももちろんしてたわけだけど…あの頃はよかったよな。

すげー気持ちが満たされてさ、とにかくアイツに触れるだけで幸せだった。

何で『別れよう』なんて言っちまったんだろ。

あれも懸けだったんだよな…。

少しでもオレのことをアイツが好きなら、拒否してくれるはずだ!…って期待してた―。

見事にすんなり受け入れられちゃったけどな…。

あーあ、格好悪くてもいいから、あの後「今のナシ!」って言えばよかった…。

ちょっとショックで…それどころじゃなかったんだよな…。

この奥さんを塔矢のつもりで抱こうかな。

あ、それ名案かも。

照明暗くしてたら顔なんて見えないし…。

そうしようっと―。


その日から、オレは自分の妻を塔矢の代わりにした。

もちろん名前を呼ぶ時だけは間違えないよう気をつけてるけど―。

この奥さんは何というかまさに碁打ちにとって理想の妻だった。

お見合いだった分、元々オレの職業を理解してくれてたし、叔父が棋士らしくてTPOをよく教えこまれてる。

若いのに料理は上手だし、家事好きだし、容姿はいいし、胸はデカいし……最高だよな。

でもゴメンな…。

それでもオレの気持ちは塔矢のところにある。

オレがお前に与えてやれるのって……何もないかも。

我慢出来なくなったら離婚してくれて構わねぇから…。

慰謝料だって好きなだけ払うし―。



――けれど

結婚して3ヶ月が経ったある日、帰ってきた途端――奥さんが嬉しそうに言ってきたんだ―。


「私、妊娠したみたい」

って―。


一瞬世界が真っ暗になったけど、すぐに気を取り直して抱き締めた―。

「やったな。すげー嬉しい」

心にも思ってないことが口からすんなり出た。

オレって…役者の才能あるんじゃねぇ?



――その晩

少し迷ったが、塔矢とのチャットの中でそのことを書いてみた。


『妻が妊娠したみたい』

って―。


どんな返事が来るかすげードキドキしてたわけだけど、結局返事がないまま…その日はチャットを拒否されてしまった。


どうしてなんだ…?











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