●GOOD BYE 2●
4月上旬――オレは19という若さで結婚した。
あんまり乗り気じゃなかったけど、したからにはその奥さんを誰よりも大切にするつもり。
もちろん塔矢――オマエよりもな。
結婚式に呼べとか言ってたくせに、結局は無断欠席するし―。
ハネムーンから帰って久々に棋院に行ってみると、長期の休暇届出したっていうし―。
病気らしいけど…病名は誰も知らないらしい。
緒方さんや芦原さんも聞いてないって。
アイツの家に行って尋ねても門前払いをくらうんだって。
どうしたんだ?アイツ…。
オマエが碁を打たないなんてらしくねーよ。
そんなにヤバい病気なのか?
感染症?
一人で考えてても埒が明かないオレは、アイツの家を訪れることにした。
ピンポーン
ピンポーン
「はーい」
ガラッ
出て来たのは塔矢のお母さん。
オレを見て一瞬目を細めた後、いつもみたいに笑ってくれた。
「進藤さん、何かご用?」
「あの、塔矢が病気だって聞いて…」
「そう…病気なのよ。あと半年は治らないわ」
「半年…ですか?」
「もちろん治った後も、手合いに復帰するかどうかは分からないけど―」
「……」
明子さんの言ってる意味が理解出来ない。
でも最低でもあと半年は復帰出来ないぐらい…酷い病気なんだ。
大丈夫なのかよ…!
「あの、塔矢に会いたいんですが…」
明子さんは少し考えた後、通してくれた。
なんだ、会わしてくれるんじゃん。
門前払いだって言ったの誰だよ。
「アキラさん?」
「…はい」
明子さんが部屋にいる塔矢に声をかけた。
「進藤さんがいらしたんだけど、お会いになる?」
「……」
障子の向こうの塔矢は黙ってしまった。
「塔矢!オマエ病気なんだって?!大丈夫なのかよ?!」
「……入って」
「あ…、うん―」
塔矢から許しが出たので、オレは部屋に入れることになった。
明子さんは後でお茶を持ってきますね、と台所の方に行ってしまった。
「塔矢…?」
恐る恐る障子を開けると、案がい普通のアイツの姿があった。
棋譜並べしていたみたいで碁盤の前に正座して座っている。
本当に病気なのか…?
「せっかく来たんだから、一局打たないか?」
「え?お、おぅ」
前と何ら変わらないコイツの姿。
どうなってるんだ?
どこが病気なんだ?
見た目には分からないやつなのか?
「…新婚旅行、楽しかった?」
「え?あー…うん、まぁな。楽しかったというか、のんびりは出来たよ」
「ハワイだった?」
「うん、そう。ベタだろ?」
ははっと笑うと、塔矢は微かに口元を緩めた。
「……なぁ、何の病気なんだ?」
「内緒」
「オマエの母さん、あと半年は治らないみたいなこと言ってたけど…本当なのか?」
「正確には半年と5日だよ」
「は…?」
何でそんなにハッキリと日時が分かるんだよ。
期限付きの病気なのか?
んなもんあるか!
意味分かんねー!
「…あれ?その指輪…オレがあげたやつ?」
「……」
塔矢が指から外して、オレの前に突き付けた―。
「返す」
「は?え…いいよ。いらないなら捨ててって言っただろ?」
手を太股まで下ろして、オレを睨みつけてきた。
「…この指輪、100万以上するんだってね。女流の人がティファニーだって教えてくれたから調べた」
「……」
「なんでこんな指輪くれたんだ…?」
「なんでって……誕生日プレゼント」
塔矢がハハッと笑ってきた。
「キミって別れる彼女にこんなに高い指輪をあげるんだ。よっぽどお金が有り余ってるんだね。羨しいよ」
「……」
塔矢…気付いてるんだな。
そうだよ…。
それは元は誕生日の為に買ったんじゃない。
…プロポーズするつもりで買ったんだ。
だけど…出来なかった。
オレのことをいつまで経ってもライバル以上には見てくれないオマエに……出来なかったんだ。
「アキラさん、お茶が入りましたよ」
「あ、ありがとう」
塔矢が立ち上がって、明子さんからお盆ごと受け取った。
何か…変だな。
妙に違和感を感じる。
別に塔矢に変わった所はないような気がするけど………あ。
「オマエ、今日スカートじゃん。珍しいな」
「…うん」
「スーツん時のしか見たことなかったから…ビックリした」
「僕も今までは1枚も持ってなかったんだけどね……買ったんだ」
「ふーん、…どうせなら付き合ってる時に穿いてくれれば良かったのに。スカート姿のオマエともデートしたかったな」
「……」
少し頬を赤めた塔矢の顔が見てとれた。
「今からするか?」
「何をバカなこと…。キミは結婚したんだぞ?そんなことしたら浮気に見られる」
「……」
浮気…。
どっちが浮気なんだか。
オレにとっては妻といる方が浮気してる気分だぜ。
オマエに申し訳なくて…。
――って、何思ってんだろな…オレ…。
「もう帰るよ…。ご馳走さま」
出されたお茶を一気飲みして、立ち上がった―。
「…進藤、もう来ないでくれ」
「え?」
「絶対来ないで…。お願い…」
「…いいけど、じゃあもう半年は打たないってことか?」
少し考えたアキラは、思い付いたように提案してきた。
「…ネット碁で打とう?」
「は?ネット?」
「うん、僕の登録名は昔と同じakiraにしておくから…」
「分かった…。んじゃオレはhikaruな」
「saiにしたら?」
「バカ言え!ネットの最強棋士をそう安々語れるかっ」
塔矢がクスクス笑った。
「じゃあ僕は毎晩9時頃から11時ぐらいの間にいるから、見つけたら相手してくれ」
「おぅ!」
ネット碁か〜。
久々だな。
…でも塔矢。
何で会いたくないんだ…?
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