●GOOD BYE 1●
「オレ達もう別れよっか」
「そうだね」
――付き合って半年。
ついに僕たちは別れることにした。
14の時から毎日一緒に打っていたから、いつの間にか親より、どの友達より近い存在になってた僕ら。
18の夏に
「試しに付き合ってみねぇ?」
と進藤の方から誘ってきた。
他に好きな人がいたわけじゃないし、躊躇することなく承諾した。
僕は彼の碁が好きだ。
だからもしかしたら彼自身も好きになれるかもしれない――そう思ったから。
…けれど、結局僕の中で彼はライバル以上にも以下にもなることはなかった。
それは彼も同じだったみたいで、
『これ以上付き合っても意味がない』
そうお互いが判断したから別れることにした―。
今日は12月10日。
あと少しで僕の誕生日とクリスマスがやってくる。
その前に別れれたのは良かったと思う。
この微妙な気持ちのまま、イベントだけを機械的にこなすのは…時間の無駄のような気がしていたから―。
「―な、最後にキスしてもいい?」
「……いいよ」
進藤が少し屈んで僕の唇にそっと口付ける―。
愛情が籠ってるのか籠ってないのかよく分からない、触れるだけのキスを―。
これでお終い。
キミと付き合った半年間はいい思い出になったよ。
明日からはまたただのライバルに戻ろう―。
「あー…あのさ、これ4日早いけど誕生日プレゼント」
「え?」
進藤が上着から小さな包みを取り出した。
「オレ14日は遠征でいないから、今渡しとくよ」
「…ありがとう。別によかったのに…」
「んー、まぁそうなんだけどさ、オレの誕生日の時はちゃんとくれたのに、オマエん時はやらねぇのって何か不公平じゃん?」
「そういうものかな…?」
「ま、いらなかったら捨ててよ。今更だし」
「…分かった」
そう頷くと、少し悲しそうに眉を傾けて笑ってきた。
「んじゃまた棋院でな。お休み〜」
「お休み」
家まで送ってくれた進藤が帰った後、部屋に戻った僕はさっそくその包みを開けてみた。
「…指輪?」
中の小箱に入っていたのは、小さなダイヤが5つ集まってお花の形になっている可愛い指輪だった。
「本当に今更だな…」
少しおかしくなって笑ってしまった。
サイズはちょうど薬指にピッタリの大きさみたいだ。
捨てるのはもったいないから、男避けにでも使わせてもらおうかな。
「……」
心の中で解放感と喪失感が渦を巻いてるのが分かる…。
進藤…。
短い間だったけど、キミと恋人ごっこが出来てよかった。
たぶんもう僕は誰とも付き合わない。
キミと付き合ってみて、僕には恋だとか愛だとかそういう言葉に無縁なのがよく分かった。
そんなものなくても別にいい。
一生一人でもいいや…。
12月14日――僕の誕生日。
進藤は大阪まで遠征に行ってるから、この日を狙って僕は彼から貰った指輪を填め、手合いに臨んでみた―。
「わ、塔矢さん綺麗な指輪〜」
休憩時間に女流の方が話しかけてきた。
「彼氏に買ってもらったの?」
「いえ…、その…男避けです」
「あはは、なるほど。塔矢さんモテるもんね〜。でも自分で買ったんじゃないでしょ?」
「それは…」
「だってその指輪、先月ティファニーからリリースした新作だもん。男避けに自分で買うには高過ぎだよ」
「……」
…そうだったんだ。
結構いいやつなのかな?
何だか悪いな…。
僕の方はろくなプレゼントあげなかったのに―。
けれど、その進藤の親切心が異様に嬉しくて、僕は彼と会わない日はいつも付けることにした。
さすがに会う時は恥ずかしくて付けれないけど―。
そしてクリスマスが終わって、お正月も終わって、年始の行事も全て終わりかけた頃――一つの噂が流れ始めた。
『進藤が婚約した』
って―。
「…キミ、婚約したんだってね。おめでとう」
「え?ああ…ありがと―」
碁会所で一緒に打ってる時、何となくその話を持ち掛けてみたんだけど……意外に上の空だ。
もっと幸せいっぱいに浸ってるのかと思ってたのに―。
「囲碁と関係ない人?」
「うん…全然。今はフツーの短大生。この3月で卒業だからさ、春には結婚…かな?」
「ずいぶん急なんだな。まだ付き合って少ししか経ってないだろう?」
僕と別れたのが1ヶ月前だから、最高でも交際期間は1ヶ月のはずだ。
…ま、浮気していたのなら話は別だけど。
「もともと見合いだったからな。オマエと別れた後に『一度会ってみるだけでも』って後援会の人に勧められたんだけどさ…、何かとんとん拍子に話が進んじまって」
「ふーん…」
進藤が僕の顔を見つめてきた―。
「…こんなことになるならオマエと別れるんじゃなかったかも」
「結婚…したくないのか?」
「…でももう断われないから、仕方ねぇよ―」
「……」
何だかもう諦めちゃってる感じだな…。
結婚ってそんなものなのか?
まぁ…キミがそれでいいなら、僕が口出すことじゃないけど―。
僕には関係ないし―。
「結婚式には呼んでね?」
「…うん―」
けれど僕が彼の結婚式に出ることはなかった。
いや、出れなかったんだ。
その頃僕は一つの決断を迫られていたから―。
産むか、産まないか―。
――そう
僕は進藤の子供を身ごもってたんだ―。
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