●FIRST-STAGE 9●
二回戦まで進んだ院生は今年はいなかったらしい。
全局プロ側の勝利。
僕は二回戦の対戦相手の伊東四段と、碁盤を挟んで座った。
「よろしく」
「よろしくお願いします」
「進藤君って進藤門下なんだって?」
「はい」
「本因坊が門下開いてたなんて知らなかったよ」
「……」
「門下生は何人くらいいるの?」
「僕と京田初段の二人だけです」
「へぇ…少ないんだね」
「でもマンツーマンで指導頂けるので少人数もいいものですよ」
「なるほど。確かに」
時間になりましたので始めて下さい、と合図がかかる。
二回戦からはニギる必要がある。
僕が黒で伊東四段が白と決まる。
「「お願いします」」
僕は直ぐ様初手、17の四へ石を放った。
4の十六、16の十七、4の四と間髪入れず続いていく――
伊東四段は長島門下の一人だ。
長島門下は門下生が20人を超える大所帯。
何人かは師匠の家に直接住み込んで指導を受けているらしい。
門下生同士でも切磋琢磨してお互いに刺激し合い棋力を伸ばしていく――確かにそういう勉強の仕方もありだろう。
でも進藤門下はそうじゃない。
弟子が二人だけだからこそ、師匠との距離が近く、まるで家庭教師のような指導が受けられる。
父は幽霊の佐為からそういう教わり方をしていたから、もちろん今の状態を好んでいて、今のところこれ以上人数を増やすつもりもないらしい。
父が忙し過ぎて面倒が見きれないという理由もある。
現在本因坊と棋聖の二冠、バリバリの現役棋士の父。
自分の対局スケジュールをこなすだけでも大変なのは一目瞭然で、本来なら門下なんて開く余裕もなかったはずだ。
でも開いてくれたのは、他ならぬ息子の僕がお願いしたからで、京田さんだって半分僕がお膳立てしたようなものだ。
心の底から有り難いと思う。
最前線、今現在頂上で戦っている棋士から直に教えを乞えるなんてラッキーの他でもないからだ。
おまけに僕は息子だ、更にラッキーと言えるだろう。
半分は父の血が流れている、更にもう半分は他ならぬ母の血だ。
最強の二人の掛け合わせである僕が、相手に自然と与えるプレッシャーはきっと半端ない――
11の七へ石を放つと、伊東四段が息を飲む音が微かに聞こえた。
力をためた好手――確定地が多い黒優勢の現局面で、白の右辺への踏み込み模様を消す手。
深く打ち込んで生きたとしても、黒からのコウ材が豊富になるだけ。
更に18の四に入られたが、コウは白無理、中央の白四子も飲み込まれ苦しくなる。
伊東四段の手が止まり、長考し出す。
考えた末に彼が指したのは12の七。
切って15の八へとノびる。
右辺の戦いが最後となるだろう。
白の大石が死ぬかどうかの手どころ。
普通の人なら悩むこの局面だけど、僕を誰だと思ってるんだろう。
自ら詰碁集まで出してしまうほど詰め碁が得意な父の息子だ。
こんな死活、読みきるのは一瞬。
迷いなく13の十へ石を放ち、とどめの一撃を指した――
「……ありません」
伊東四段が頭を下げてきた。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました…」
腕を組んで何かを考える素振り見せてくる。
「完敗だな…。さすが本因坊と名人の息子というか……噂通りの強さだね」
「ありがとうございます…」
「今中学生だっけ?」
「中2です」
「中2かぁ…」
恐いなぁ、と笑ってくる。
「今年の新初段はすご過ぎるね。君も…緒方さんも」
「緒方さんと打ったことが?」
「いや、新初段シリーズの棋譜を見てそう思っただけ」
「ああ…確かにあれは末恐ろしかったですよね」
「うん」
チラリと精菜の席の方を見る。
既に終局していて、姿無しだ。
余裕の中押し勝ちだったんだろう。
「で?その緒方精菜と交際しているとかいう噂があるけど、本当なの?進藤君」
「本当ですよ」
「ふぅん…勇気あるね」
「あるのは愛情だけですよ」
「はは、中2なのに言うねぇ」
そのあと少しばかり検討をして、僕は会場を後にした。
「佐為、一緒に帰ろ♪」
と控え室に行くと直ぐ様精菜がやってくる。
彼女の顔を見ると、僕の心はいつも温かいもので満たされる。
あるのは愛情だけだといつも実感する。
「精菜…好きだよ」
「え、急にどうしたの?佐為。あ、今日はダメだよ?お父さんもお母さんも家にいるから…」
「違うって」
若獅子戦は来週、準々決勝が行われる。
来週も全力で戦おうと心に誓った――
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