●FIRST-STAGE 5●





「ヒカル、宣言通り僕がキミの前に座ることになったから」

「ああ。この日を楽しみに待ってたぜ」



昨日の本因坊リーグ最終戦に勝ち、見事挑戦権を獲得した母。

朝、一階に降りていくと、早からバチバチ火花を散らしている両親がいた。



「しばらくまた寝室分けようか」

「ええ?!それだけは勘弁して…!」

「だって今の状態でキミとそういうことする気にならないし」

「いやいやいや、決着するまで禁欲とか無理だから!絶対無理!死ぬ!オマエ、オレが死んじゃってもいいのかよ?!」

「大袈裟だよ…」

「いいや絶対死ぬから!アキラちゃんそれだけは許して〜〜」


本気で焦って母にすがっている父。

これが本当に最優秀棋士賞を取った男なんだろうか?

朝から嫌なものを見てしまった…と僕はダイニングテーブルについた。


「おはよう…お父さんお母さん」

「「あ、おはよう佐為」」

と仲良くハモってくる。


「…お父さん、今日研究会何時から?」

「オレはオフだから何時でもいいぜ」

「じゃあ5時でもいい?」

「ああ」


京田さんにその旨のメールを送ると、すぐに「了解」と返事が来る。

そして僕は朝食を食べながら、さっきのやりとりの続きをする両親を眺めていた。



「アキラ頼むよ〜。オレオマエに触れなかったら負けちゃう。来週の天元の準々決勝も、再来週の名人リーグも絶対負ける!」

「負けたら触らせないからな」

「ええ??じゃあ勝ったらしような?約束だからな?」

「考えておくよ」

「ええ??」



父は毎週毎週そんなに大一番なんだな…と改めて感心する。

常に5階の両親。

もちろん常にスーツでの対局だ。


僕も勝ち進めばいつかは5階で戦うことになるんだろうか。

僕の次の対局は来週の木曜日、王座戦の予選B。

鈴木六段との対局だ。

早から六段と戦う機会が持てるなんて有難い。


そして来月早々に若獅子戦もある。

去年西条と彩達が戦った若獅子戦から早一年。

今年はプロ側で僕も参加が出来る。

五段以下の棋士しか出れないから、去年優勝した窪田七段がもう参加しないのは残念だけど。

彼ともいつかどこかで対局してみたいと思う。



「じゃあアキラが挑戦者になったお祝いに今からしちゃう?」

「なぜそうなるんだ…」

「だってオマエも今日オフだろ?ヒマだろ?」

「ヒマじゃない。双子に会いに行く。キミも行くぞ」

「そりゃ行くけどさ〜、その前にちょっとイチャイチャしようぜ〜」

「しつこいな…」



「じゃあ行ってきます、お父さんお母さん」

「「あ、行ってらっしゃ〜い」」


朝から結局イチャイチャする両親に呆れつつ、僕は家を出発し学校に向かった。

(ちなみに彩は今日は日直らしくいつもより早めに学校に出発したらしい)















「おはよう、進藤」

「進藤君おはよう」

「おはよ〜」


教室に入るとクラスメートから次々に挨拶される。

一人一人に返しながら、僕は席に着いた。


いつもならすぐに西条が近付いて来るのだが、今日は来ない。

チラリと彼の席の方を見ると、明後日の方向を見る彼がいた。

今日は僕から西条に近付く。



「おはよう西条」

「お、おはようさん…」

「昨日金森さんから聞いたよ」

「……」


西条が机に突っ伏してしまった。


「西条もずいぶん素敵な恋愛をしていたんだね」

「もう堪忍して…」


西条の顔は真っ赤になってしまっていた。


「まぁ想像以上に可愛かったから、西条が付き合うのOKした気持ちも分かるよ」

「進藤、あんまり奈央に近付かんといてよ…」

「どうして?」

「お前のこと好きになってもたら困るけん。お前気を許した相手には平気で笑顔向けるし。お前に笑顔向けられて落ちん女おらんやろ?」

「西条お前…本当に金森さんのこと好きなんだなぁ…」

「そりゃ…まぁな」

「長く続くといいな」

「そやね」


その後僕は西条に下ネタを振ってみた。

「で?もう何回くらいしたんだよ?」と。

更に顔を真っ赤にした西条は、僕の耳にこっそり「5回くらい」と囁いた。

マジか、付き合って3ヶ月しか経ってないのにもう5回もしたのか。

(そりゃお互い下の名前で呼び合うはずだ)


いいなぁ…と僕は思うのだった。

精菜が高校生になるまで、あと3年と11ヶ月だ――











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