●FIRST-STAGE 4●





4月19日。

今日は天元戦の予選C。

西条の彼女、金森女流二段との一戦だ。




「おはよう、佐為♪」

僕が棋院に着くなり、ロビーで待ってくれていたらしい精菜がこっちにやってくる。


「おはよう精菜」

「佐為は今日天元戦でしょ?」

「うん。精菜は?」

「竜聖戦。田辺三段とだよ」

「頑張れよ」

「うん。今日一緒に帰ろ♪」

「いいよ」


精菜が僕の腕にぎゅっと手を絡めてくる。

彼女の柔らかい胸があたって、ちょっとだけ顔の温度が上がった。


「そういえば、おばさんも今日棋院で対局なんだよね?」

「うん。今日勝てばいよいよ挑戦者だな」



本因坊リーグ最終局。

現在6戦して5勝1敗の母。

今日倉田先生に勝てば単独のトップ通過で挑戦権を獲得する。

負ければ2敗同士のプレーオフ。

父との七番勝負を切望している母にとって、今日はここ数ヶ月の中で一番重要な対局日と言えるだろう。



「終わったら5階見に行ってみる?」

「でも持ち時間5時間だからなぁ…。明日も学校あるし、どうせ終局までいられないからやめておくよ」

「それもそうだね…」

「でももし今日早く終わったら、精菜んち行ってもいい?」

「え……」


彼女の頬が途端に赤くなる。


「…何しに?」

「さぁ…何しにかな。緒方先生、十段戦で留守なんだろ?」

「もう……エッチなんだから。ちょっとだけだよ?」

「うん、ちょっとだけな」



そんな際どい会話をしながら6階に着いて、鞄をロッカーに入れる。

そして今日の座席を確認して、対局場に目をやった。


(いた……)


金森女流二段はもう着席して、碁盤を拭いていた。

精菜と別れて、彼女の方に向かった。




「おはようございます、金森さん」

「あ、おはようございます」

顔を上げてきて視線が合う。


(へぇ…結構可愛い)


清純派の美少女だった。

西条の好みってこんな感じなんだな、と思いながら前に座る。



「ふふ…悠一君からいつも話を聞いてるから、初対面な感じがしないね」

悠一君って誰だ?と一瞬思ったが、そういえば西条の名前が悠一だったことを思い出す。

「そうですね…。奈央奈央っていつも煩いですよ」

「やだ、本当に?」

彼女が頬を少し赤くする。


「…西条のどこを好きになったんですか?」

「え…っ」

カーっと更に顔を赤くしている。

「打ち初め式で告白されたって言ってましたけど」

「うん…そう。たまたま二人きりになる機会があって。思いきって言っちゃった…」

「……」

「初めて気になったのは夏…くらいだったかな。確か王座戦で悠一君と対局した時…」










対局後に検討もすることになったという。

負けて落ち込んでるのにかなりきっちり長く検討されて、金森さんのイライラは頂点に達したのだとか。


「あ、すいません。つい癖で」

「…いえ」

「でもホンマ綺麗な打ち筋ですね」

「え?」

「打ってて心が洗われました。でもこの世界で生き残ろう思たら、もうちょいひねくれな勝てませんけどね」

「ひねくれなって……」

「まぁでも、金森さんそのままを現したような碁で俺は好きですけど」

「え…?」

「楽しかったです。ありがとうございました」

「…ありがとうございました…」


その時から西条のことを少しずつ気になり出して、見かける度に目で追いかけるようになったという金森さん。

それが恋だと気付くのにも時間はかからなかったらしい。

そんな時、打ち初め式で一緒に雑用係をすることになって。


「何か今日めっちゃ綺麗やね」


と振袖姿を褒められた時に、彼女はもう我慢できず気持ちを口に出してしまったらしい。


「好きです…」と――







(やばい……面白過ぎる)


僕は後ろを向いて、笑いたいのを必死に堪えた。

いつも僕と精菜のことを笑うくせに、自分だってこんな純情な恋愛をしてるんじゃないか。

明日会ったら絶対に仕返しして弄ってやろう。

と思いながらも、金森さんには

「素敵なお話ありがとうございました」

と笑顔でお礼を述べた。






もちろん金森女流二段には僕は余裕で中押し勝ちした。

精菜も中押し勝ちし(三段相手にすごいな、流石だ)、僕らは早々に棋院を後にして彼女の家に向かった。

何故か精菜はご機嫌ナナメだったけど。



「精菜?何怒ってんだよ?」

ベッドの上で抱き締めながら尋ねる。

「だって佐為…対戦相手の女流と仲良さそうに話してた」

「ああ、金森女流二段?だって西条の彼女だしな」

「西条さんの…?」

「二人の馴れ初め話聞いてたら…面白くて」


思い出すだけで笑えてくる……


「大丈夫だよ。金森さんは僕に全く興味ないから。西条のこと大好きみたいだから」

「なら……いいけど」



やっと安心した顔になった精菜の唇にキスをして、僕は彼女をベッドに倒した――











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