●FIRST-STAGE 20●
昇段するには3つの方法がある。
規定の勝数をあげるか、賞金ランキングで上位に入るか、タイトル獲得やリーグ入りを果たすかだ。
「え?進藤もう二段に上がったん?!」
昼休み。
今日発売の週刊碁を読んでいた西条が叫んだ。
週刊碁には棋士の昇段や引退情報も載っているのだ。
「みたいだね」
「30勝したってこと?」
「したのかな?数えてないから分からないけど…」
「てか、プロになってからお前負けたか?」
「負けてないかもしれないね」
「マジかいな…!」
入段してから半年経ったけど、僕はいまだに一度も負けていなかった。
でもそれは相変わらず低段の人達としか対局していないからだ。
名人戦や碁聖戦のように予選すら始まっていないタイトル戦もある。
両親と対局出来る日は相変わらずまだまだ先の話である。
「まぁお前、若獅子戦どころか若鯉もおかげ杯も優勝してもたもんなぁ。今年の年収1000万くらいあるんとちゃうん?」
「かもね…」
「こんなんにも出とうしなぁ」
西条がカバンから一冊の雑誌を取り出した。
「げ…」
僕は西条から直ぐ様それを取り上げた。
「何でまだ持ってるんだよ!捨てろって言っただろ?!」
「捨てるや勿体ないこと出来んわ〜。俺の親友がこ〜んなにイケメンに表紙飾っとうのにぃ」
西条から取り上げた雑誌。
普段は若手俳優やジャニーズが表紙を飾るであろう、この大手出版社を代表するそのファッション誌の表紙に写っていたのは――紛れもなく自分の姿だった。
僕はもう恥ずかしくて泣きたくて仕方がない。
「……あれ?前のと違う…?」
「そりゃそうやわ。週刊碁と一緒に今朝コンビニで買ってきた最新号やもん」
「……は?」
はぁああああ??!!
「なに驚いてんねん。撮影される前に何の雑誌の撮影かぐらい聞いとうやろ?」
「いや…全然」
「え、マジ?」
毎度のことだが、僕は何も聞かされていない。
ただ棋院の広報の人に、
「今回は専用のスタジオで何枚か写真撮るから。あ、服も指定のやつに着替えるから。あ、ちょっとメイクもするかも?」
と軽く言われて、流されるがままに移動して着替えさせられてヘアメイクもされて、カメラの前に立たされただけだ。
毎回そんな感じだ。
恐らく雑誌名を説明してしまうと、僕が逃げ出すと思ってるんだろう。
(もちろん逃げるつもりだけど)
「まぁでも今回も一応囲碁打ってる写真も一応載っとうやん。一応棋士としての普及作業にも一応貢献しとうなお前」
「一応一応煩いな…」
表紙のみならず巻頭数ページも僕の特集記事だった。
どうでもいいインタビュー記事が永遠と記載されている。
僕の一日のスケジュールなんか誰が知りたいんだろう。
休日の過ごし方なんか誰が興味あるんだろう。
好みのタイプなんて……聞くまでもない。
はぁ…。
「ちなみにこれギャラいくらなん?」
「知らないよもう…」
「明細来たらこっそり教えてな〜」
「……」
僕は日本棋院所属なので、当然こういう取材系の仕事の報酬も全て棋院を通して支払われる。
この前先月分の明細が届いたけど……まぁ対局料以外にも色々記載されていた。
(むしろ対局料以外の方が多い月もある)
とりあえず2月の確定申告なるものは、両親と同じ税理士にお願いしようと心に誓う。
「まぁイケメンに生まれた奴の宿命やな。頑張って囲碁界の広告塔になりや〜」
「はは…」
夕方、僕は精菜の家を訪れた。
「佐為、いらっしゃい」
「お邪魔します」
彼女の部屋に着くなり、精菜が「また買っちゃったvv」とさっきの雑誌を見せてきた。
「はは…精菜まで」
僕の出てる新聞や雑誌を全てコンプリートしてる精菜。
「実物の方がいいだろ…?」
とベッドに腰掛けて彼女の腰に手を回した。
「でも佐為が普段着ない服を着てるとこも見えるし、ちょっと新鮮でいいよね…」
「そうなんだ?」
「この写真なんてデータで貰って拡大してパネルにして部屋に飾っておきたいくらいだよ」
「へぇ…?」
彼女がうっとりとしてるその写真は、僕が浴衣姿のものだった。
もちろん合成なのだけど、京都っぽい和風の背景とよく合っていた。
その格好で碁盤に向かっている写真もあった。
もちろん自分の写真だから、僕はものすごく居たたまれないのだけれど……
「佐為の一日のスケジュールもすごく興味深いし」
「嘘っぱちだけどね…」
「分かってる」
クスクス精菜が笑ってくる。
実はインタビューを受けた時に口頭で一日のスケジュールを質問された。
「土日ですか?そうですね…最低朝9時くらいから夜9時くらいまでは碁盤の前に座ってますね」
でも正直に記載してしまうとものすごくつまらなくなってしまうから、買い物に行ったりカフェに行ったり映画を観たり、やけにアクティブな僕の予定がそこには書かれていた。
囲碁はたったの2時間。
そんなわけないだろう!!と突っ込みたい。
「精菜、雑誌の僕はもういいだろ?そろそろ生の僕を堪能しない?」
「ふふ…そうだね」
雑誌をラックに戻した彼女が腕を頭の後ろに回して口付けてきた。
「緒方先生が天元戦の挑戦者になってくれて最高だよ…。最低3回は出来るな…」
「第五局までもつれてほしいくせに…」
「そりゃもちろん――」
ベッドに押し倒して、僕は久しぶりの彼女の体を堪能するのだった――
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