●FIRST-STAGE 21●
10月4日。
僕は手合いの為に棋院を訪れた。
今日は10月からいよいよ始まる本因坊戦の予選C。
田部四段との対局だ。
ちなみに前回の七番勝負も結局4勝2敗で父が勝利し、父は10度目の防衛に成功した。
父からこの本因坊のタイトルを奪取するのは僕でありたい――
そんなことを思いながらエレベーター待ちをしていると、
「おはよう、進藤君」
と京田さんがやってきた。
「おはようございます」
「進藤君も今日本因坊戦だろ?」
「はい。京田さんもですか?」
「うん。今日は多いみたいだね、30組近くが本因坊戦らしいよ」
「そうなんですね」
出場資格が全棋士のタイトル戦は当然予選も多く長く、ほぼ一年がかり。
予選に出るのが初めての僕の場合、10回は勝たないとリーグ戦まで辿り着けない。
8名で行われるリーグ戦も、最低6回は勝たないと挑戦者にはなれない。
つまり単純計算で16回勝てば父と七番勝負が出来るわけだけど……すごい数字だなと改めて思う。
気が遠くなる。
もちろん毎年毎年16回対局が必要になるわけじゃなくて、例えば今年予選Bを勝ち抜けてAに進んでおけば、そこで負けたとしても来年はBからのスタートだ。
最終予選まで進めばAからのスタート。
ちなみに挑戦者になった母を含め、緒方先生、芹澤先生、窪田さんリーグ上位4名は残留組と言われて、今年もリーグ戦からのスタートだ。
ちなみに残留出来なかった倉田先生や社先生は最終予選からのスタートとなる。
「そういえば見たよ」
「な、何をですか…?」
ギクリとなる。
「進藤君、職業モデルでも十分通用するよね」
「…はは」
「ああいう撮影って専門のスタジオでするの?」
「そうですね…、広くはないですけど、とりあえずスタッフの数が多くて緊張しますね。さすがにもう慣れましたけど、顔に何かを塗られるのも初めてでしたし…」
「へー」
「着替えを手伝われるのは今でもちょっと抵抗があります…」
「へ、へぇ…大変だね進藤君も」
「囲碁の普及の為だから!っていつも広報部に押しきられるんですけど、あんなのが本当に果たして普及になってるのか疑問ですね」
「騙されてるんじゃない?」
「……ですよね」
「まぁボランティアじゃないんだろ?お小遣い稼ぎだと思って楽しんだら?」
「…そうですね」
「でもあのスケジュールは有り得ないよな。ちゃんと文句言った方がいいと思うよ」
「…ですね」
京田さんにまであんなものをしっかり読まれていたのかと思うと、僕はもう恥ずかしくてたまらなかった。
(今度こそもう二度と引き受けるものか…!)
対局開始時間が近付き、田部四段の前に座る。
「よろしく、進藤君」
「よろしくお願いします」
「もう二段に昇段したんだって?予想通り絶好調みたいだね」
「ありがとうございます…」
「今何連勝中?」
「おそらく32か3くらいかと…」
「マジで?!てか半年でそんなに対局ある?!」
「おかげ杯みたいに一日に複数回打つこともあったので…」
「なるほどねー」
最近は月曜に対局があることも増えてきた。
七大タイトル戦も、今のところ王座戦も天元戦も順調に勝ち進んでいる。
このまま行けるところまで行きたい――
時間になりビーッと鳴る。
全員が一斉に頭を下げた。
「「お願いします」」
打ち掛けになり、今日は京田さんと一緒に駅前のセルフカフェに向かった。
「そういえば明後日から始まるね、プロ試験」
「もうそんな時期なんですね」
「柳も今年こそ受かりたいって燃えてたよ」
「そうですよね」
去年僕らが受けたプロ試験から早一年。
去年の今頃は、この京田さんとも出会ったばかりだった。
まさかこんな風に昼食を一緒に食べに行くことになるなんて、あの時は思ってもなかった。
同じ門下になるなんて、もちろん想像もしなかった。
「色々あったよな…この一年」
京田さんも何やら感慨深く呟く。
「僕の人生で一番濃かった一年だったと思います」
「うん、俺も」
「でも…これからの一年の方がもっと濃いんでしょうね」
「たぶんな」
まだプロ一年目の僕ら。
まだまだプロとして経験していないことの方が多い。
まだまだ何もかもこれからだ。
「進藤君の目標はご両親にタイトル戦で勝つことなんだろ?」
「そうですね。それはずっと小さい頃からの夢ですね…」
「勝てそう?」
「今はまだ無理です。でも、絶対にいつか勝ってやりますよ」
「うん、進藤君ならやり遂げそう。そう遠くない未来に」
「京田さんの目標は何ですか?」
「俺?そうだなぁ……とりあえず彩ちゃんの為に認めてもらわないといけないから、先生に勝つことかなぁ」
「じゃあ同じですね」
「ホントだな」
お互い笑ってしまった。
順調過ぎた僕の連勝記録は、年が明けたらすぐにストップした。
天元戦の本戦、一回戦。
相手は――父だった。
幸運にもこんなにも早くやってきた、父との初めての公式戦。
緊張は不思議としてなかった。
自分の持てる力を全て出しきった。
それなのに……全然敵わなかった。
(これが今の僕と父の純粋な差か……)
もっと強くなりたい――この時はただそう思った。
中3になった頃には全てのタイトル戦の対局が同時進行となった。
予選ではほぼ負けることを知らなかった僕は、順調に勝数も伸ばしていき、二度目の若獅子戦を戦う頃には三段になっていた。
更に11月に名人戦最終予選を突破し、リーグ入りを果たした僕は七段に昇段した。
このままの勢いでいつか両親に勝ちたい。
そしていつかタイトルを取りたい。
その為にこれからも日々精進したいと思う――
―END―
以上、プロ棋士、初段編でした〜。
初段編とか言っておきながら、最後は七段になってる佐為ですけど(笑)
だらだら書いてもアレなので、ちょっと、巻きで。
とりあえず、プロになっても佐為はめちゃめちゃ強いです。
負けたのは研究会の窪田七段と、最後連勝記録を止めたヒカルだけです(笑)
んな初段おるかー!って感じですが、それが佐為です。誰もが注目する囲碁界のプリンスです。
初年度で年収1000万は伊達じゃありません。
えー、プロ棋士編なのでプロがたくさん出てきましたね。
もう名前を考えるのが大変でした。
初段編の重要キャラ初登場は、金森女流と窪田七段です。この二人さえ抑えておけばOKです(笑)
FEMALEもぼちぼち完結させようと思います。
てことで、主要キャラ視点リレーをして、サクッと終わります!
まずは京田さん視点からスタートだよ★
初段編の若獅子戦から2年後、佐為は高1になってます!2020年春というリアルの話ですw