●FIRST-STAGE 18●
若獅子戦、準決勝。
東五段との対局が始まった。
窪田七段の同期であり親友でもある彼もまた、若手の中では注目株の一人だ。
精菜ならもしかしたら勝てるかもしれないと思っていたが、やはりそう易々と勝ち星は譲ってくれないらしい。
17の四、16の十六、4の三、3の十六とスタートし、しばらくノータイムで打ち合う。
14の七のアテからの石の流れで16の五と急所を攻める。
(16の十一から出られていいかどうか)
左方の黒を攻め合いで取る。
僕は隅を見切って16の十一を選択し、12の五と外勢を増強した。
でも15の十八…12の二から締め付けた方が良かっただろうか。
コウにする方法もあった。
――強いな…
厚い棋風。
かなり手厚く打ってくる。
窪田七段が院生の頃からプライベートで一番打ってる棋士、それがこの東五段と聞く。
先月の天元本戦、二回戦で母に敗れた時の棋譜は記憶に新しい。
あの母が五段相手に珍しく序盤から攻め続け、余裕が見られなかった。
今日僕も実際打ってみてその気持ちを理解する。
隙がない。
手を少しでも緩めると、容赦なく攻められる。
形勢が良くなったと思った瞬間が一番危ない。
(しまった…11の十四にアテて、14の十六と換わっておけばよかった)
このタイミングではもう間に合わない。
10の十五に11の十六と逃げる。
10の十六、9の十七、11の十七と切られ、取られる。
9の十八と分断して左の黒を攻めても、7の十四と頭を出されとても攻めきれない。
でも――12の十一がある。
このコウは黒がやれず、ぎりぎり耐えている。
全体の形勢はどうか。
(なんとか残ってる)
前半の貯金がものをいって、逆転はされていない。
4の十二に5の十一と伸びて、勝ちが見える。
この小ヨセは難しい。
いつ逆転してもおかしくない状況だった。
でも劣勢の東五段がミスを重ねる。
6の十七が彼の一番の判断ミスだ。
「………」
東五段の顔をチラリと見る。
難しい顔をしていたが、やがて「負けました」と頭を下げてきた。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
すぐに検討に入る。
「ここのコウの解消はもっと粘るべきだったかな」
「そうですね…ちょっとぬるかったかな。ヨセも本当なら僅かな差だったかと」
「うん…でも僕が正しく打ってたとしても進藤君の負け図はなかったね。この6の十七が失敗した」
「そうですね…」
「窪田君から聞いてたけど、さすがだね」
「…え?」
東五段が僕の目を見てにこりと笑う。
「火曜に打ったって聞いたけど?」
「あ、はい…」
「その時の、実は並べて貰ってたんだ。君に勝つには一筋縄じゃいかないって脅されたよ」
「……」
「僕も今日の一局、窪田君に並べてあげようっと」
「仲いいんですね…」
「まぁね、僕は一番のライバルのつもりだけどね」
……ライバル……
「進藤君にライバルはいるの?」
「ライバル…ですか?」
「うん」
「……」
どう答えようか迷っていると、肩にポンッと手を置かれる。
でもって「俺の名前言うてもいいんやで?」と耳元で囁かれる。
「西条…」
「決勝は俺とやで、進藤」
「京田さんに勝ったのか?」
「おぅよ!」
西条がガッツポーズをする。
「やっと公式戦で戦えるなぁ。この日を5年近く待っとったわ」
「…5年?」
「小3の時子供囲碁大会で負けて以来、この日を心待ちにしとったわ」
子供囲碁大会…?
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