●FIRST-STAGE 17●
「…ありません」
一時間後、広岡三段が頭を下げてきた。
「はー…参った。参った参った。強すぎるね進藤君」
「…ありがとうございます」
「キミの中には手加減という文字はないの?」
「…手加減して欲しかったんですか?」
「…いや。そうだね、してほしくはないかな…」
広岡三段が碁石を一つ一つ時間をかけて碁笥に戻す。
何かを迷ってるように、ゆっくりと。
「負けたけど…楽しかったよ。でもってやっぱ悔しいかな…」
結果的には結構白熱した戦いになった。
厳しい手を打ってくるから、僕の方もそれなりの手を打たなければ負けていた。
僕も満足のいく一局だ。
「こういう対局があるから…辞めれないんだよなぁ…碁は」
「じゃあ続けたらどうですか?」
「そうだなぁ…。…進藤君から見て、俺はどこを直したらいいと思う?」
「そうですね……とりあえずその明るすぎる髪とピアスはやめたらどうですか?」
「ええ?!そっちー?」
碁のことを聞いたんですけどー!と突っ込んでくる。
「見た目は大事ですよ?僕らの仕事は対局だけじゃありませんから…」
「まぁね〜。でも進藤本因坊のツートンよりマシだと思うけどなぁ」
「父のアレは地毛ですよ?」
「え、マジ?」
「はい。前髪だけ何故か色素が薄いみたいで…。目立ちすぎるから父ももう染めてしまいたいそうなんですけど、CM関係のスポンサーから許可が下りないそうです」
「へー」
「ちなみに去年生まれた弟も同じような髪色ですよ」
「へ〜〜そうなんだ」
しばらくの雑談のうち、広岡三段は「やっぱり続けるか〜」と言って会場を後にした。
少しだけ僕の口元が緩む。
僕も昼食の為に席を立った。
その前に次の対戦相手の対局を覗いてみようと、すぐ後ろで行われている精菜と東五段の碁盤を覗く。
(――――え?)
接戦。
でもわずかに東五段がいい。
このままいくと1目半で東五段が勝つだろう。
精菜が押されていた。
チラリと僕は東五段の顔を見た。
二十歳と聞いていたが、だいぶ童顔。
小柄ということもあってかパッと見、中学生くらいに見える。
僕が彼の容姿に気をとられてる間に、精菜が「ありません…」と頭を下げた。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました…」
東五段もこっちを見てくる。
「進藤君、昼からよろしくね」
と言いながら会場を出ていった。
「佐為ごめん…負けちゃった」
「精菜…」
涙を滲ませる彼女の頭にポンと優しく手を置く。
「後で一緒に検討しようか」
「うん……」
一方、彩も西条に僅差で敗れた。
落ち込んだ二人を連れて昼食に向かう。
大好きなハンバーガーに彩が溜め息を吐きかけ続けている。
「彩、先に帰るか…?」
「ううん…お兄ちゃんと東五段の対局見てく…。京田さんと西条さんの対決も面白そうだし…」
「私もー…」と言う精菜も、ショックを隠せないのか項垂れている。
ちなみに少し離れたテーブルで、京田さんと柳さんもお昼を取っている。
今日は院生研修の日だけど、今日の研修内容は若獅子戦の対局観戦らしく、午前中の広岡三段との対局の時も10人くらいは僕らの対局を囲って見ていた。
(でもって父の地毛発言をしたところでザワッとなった)
昼からの準決勝は2組しかないから、ギャラリーは倍増するだろう。
僕も自分の対局がなかったら、西条と京田さんの対局を見てみたいところだ。
どっちが勝つのか楽しみだ。
(後でどっちかに絶対に並べて貰おう…)
開始5分前に会場に戻り、僕は東五段の前に座った。
「よろしく進藤君」
「よろしくお願いします」
「さっき聞こえたんだけど、進藤本因坊の髪が地毛って本当?」
「はい」
「通りで綺麗な金髪だと思ったよ。普通あれだけ染め続けていたら痛むもんね。プリンになったとこも見たことなかったし」
「東さんは…二十歳だと伺いましたが?」
「うん、二十歳。まぁノーチェックでお酒買えた試しないけど。はは」
まもなく時間になり、ニギる。
僕が白と決まり、一緒に頭を下げた。
「「お願いします」」
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