●FIRST-STAGE 16●
「ほんで?太田九段の研究会はどうだったん?」
翌朝、学校に行くと直ぐ様西条が聞いてきた。
「うん、すごく勉強になったよ」
「窪田さんとは打てたん?」
「まぁね」
「マジで?で?どうだったん?勝った?」
「まさか」
「何や、負けたのに嬉しそうやなお前…」
「そう?悔しいよ?」
「んなニコニコ笑って悔しい言われてもなぁ…」
「強い人と打つほど楽しいことはないからね」
「ほー」
でも、次は負けない。
これからも精進して一日でも早く追い付きたいと思う。
次はぜひ公式戦で打ちたい。
両親のような真剣勝負を窪田七段としてみたい――
「西条、今日は本因坊戦一緒に終局まで検討しようか」
「そやな。何時ぐらいまでかかるかなぁ?」
「持ち時間の残りから計算したら6時くらい?7時には確実に終わるんじゃないかな」
「ほな移動するか」
結局西条が僕の家にやってきて、終局まで検討することになった。
第一局目から激しい攻防が続き、最後の最後までどちらが勝つのか読めなかった。
接戦の末、6時過ぎに投了したのは――母だ。
父の『本因坊』への執着を改めて肌で感じた気がした。
「まずは本因坊が一勝やな。次は京都やろ?社先生が大盤解説に入るって言よったわ」
「そうなんだね」
明日の昼過ぎには帰宅する両親。
4日空けて第二局の会場入りとなる。
どちらがタイトルを取るのか楽しみだ。
土曜日。
若獅子戦、準々決勝の日を迎えた。
8名しかいないので、会場は前回より一回り小さい隣のBホールに変わった。
「進藤、おはようさん」
「おはよう西条」
彩達と開始まで話しながら待っていると西条もやってきた。
「彩ちゃん今日はよろしくな〜」
「うん、よろしくね西条さん」
僕の対戦相手である広岡三段も会場に入ってきたのが見えた。
(茶髪だ……)
そして間もなく立会人や棋院スタッフも入ってきて、席に着くよう促される。
僕と広岡三段も向かい合って座った。
「よろしく」
と挨拶される。
「よろしくお願いします」
「中2なんだっけ?」
「はい」
「ずいぶんとのんびり入段したんだね。進藤君の実力だと小学生のうちにプロになれたんじゃない?」
「……」
広岡三段も彩や西条達と同じで小6で入段している。
院生になったのも小4で、翌年のプロ試験に一発合格。
確かに僕も同じ道を辿ろうと思えば辿れたのかもしれない。
でも僕は今年入段で満足している。
彩や精菜と一緒にプロ試験を受けれたし、京田さんとも同期になれた。
何より進藤門下で入段出来たからだ。
(もし小学生のうちにプロになってたとしたら、僕は塔矢門下だったはずだ)
「広岡さんは…引退されるんですか?」
「はは、ウワサ聞いちゃった?」
「はい」
「んー…正直どうしようか迷ってる。何か勝てないんだよね…。勝ち方を忘れちゃったのかな?」
「……」
「もちろん先週の対局みたいに院生相手や格下相手だったら勝てるよ。でもそれ以上の人には勝てない…。だから勝ち数が増えなくていまだに三段だ」
「僕には勝てると思いますか?」
「君の実力が初段じゃないことくらい分かってるよ。先週も優勝候補の伊東四段に勝ったから、今俺の前に座ってるんだもんな」
「……」
「優勝するつもりなんだろ?」
「最善は尽くすつもりです」
「うん、じゃあ俺も一応そうするか」
スタッフから始めて下さいと声がかかり、ニギる。
そして頭を下げた。
「「お願いします」」
パチッ パチッ パチッ……
30分で50手まで進む。
実際に打ってみて思ったけど……そんなに悪くない。
勝てなくて三段だとさっき言っていたが、実際はもっと上の段位のように感じる。
何よりセンスがいい。
打ち筋もしっかりし過ぎてるくらいだ。
正直…辞めるのは勿体無い気がしてならない。
もし迷ってるなら辞めない方がいいだろう。
きっと今辞めたら…いつか絶対に後悔すると思う。
そのくらいこの人の碁はまた伸び代がある。
生きている。
もちろん人の人生に口を挟むつもりはない。
でも……碁石で挟むなら、許してくれるだろうか?
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