●FIRST-STAGE 14●





20分後。

棋院に到着し中に入ると、すぐに京田さんの姿が確認出来た。

誰かと話している。


「……!!」


ロビーで話していたのは、紛れもなく窪田七段だった。

近付く僕に、その彼が気付いた。


「やぁ進藤君、合同表彰式以来だね」

「今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。先生も君が来ると聞いて楽しみにしていたよ」


三人でエレベーターに乗り込み一緒に五階に向かった。


「今日からいよいよ本因坊戦が始まったね」

「はい、僕も学校で西条三段と並べてました」

「学校一緒なんだ?」

「同じクラスです」

「へー、一クラスにプロ棋士が二人?すごい学校だな」

「確かにそう言われてみるとそうですね…」


しかも来年彩と精菜が中学に上がったら、学校に4人もプロ棋士がいることになる。

海王中ってとんでもないところだな…。




「ここだよ」


案内された研究会場は5階、行雲の間。

あの幽玄の間のすぐ隣の部屋だ。

中に入ると既に3人いた。


「進藤君だね」とすぐに挨拶してくれたのは、太田九段。

もう70近い大ベテラン棋士だ。

「今日はよろしくお願いします」

「よろしく。お母さん似だね」

「よく言われます」

「塔矢行洋は元気にしてるかな?」

「はい、祖父も未だに研究会を開いてます」

「そうかそうか」


太田九段は祖父より一年早く入段している。

50手前で引退してしまった祖父だけど、同年代の棋士が今も現役なのは祖父にとっても喜ばしいことらしい。


太田九段の隣に座っていたのが瀬戸二段。

この研究会に京田さんを誘った元院生。

先日の若獅子戦で彩に破れた人だ。


「初めまして、瀬戸です」

「進藤です。よろしくお願いします」


更にその横に座っていた人も

「八戸です。よろしく」

と挨拶してくれる。

「よろしくお願いします」


八戸さんは五段らしい。

25歳。

ということは、この研究会、思ってた以上に若手が多い?


「あといつもは原田八段や岡本六段もいるんだけど、二人とも昨日それぞれ大阪と名古屋で対局があったから今日は不参加なんだよね」

と窪田七段が説明してくれる。

「そうなんですね」

「進藤君もそのうちしょっちゅう関西棋院も中部も行くことになると思うよ」

「そうですね…楽しみです」


対局相手が関西棋院や中部の人の場合、序列で下の方が敵地に赴くという決まりがある。

つまり初段の僕はまず移動しなければならない。

もちろん朝9時から対局が始まるのに当日入りは極力避けたい。

となると前泊が必須。

しかも持ち時間が長いタイトル戦なら後泊もしなければならないかもしれない。

学生の僕にとっては一大事だ。

(始発に乗っても学校に間に合わないからな…)



「じゃあそろそろ始めようか」

太田九段の声に

「「「お願いします」」」

と全員で頭を下げた。


まず最初に検討するのは先日行われた名人リーグ、父と緒方先生の一局だ。

「せっかく進藤君が来てくれてるからね」と太田九段。

週刊碁に載ってる棋譜を見ながら、僕と窪田七段で並べていく。

ちなみにこの窪田七段も11月にあった最終予選を勝ち抜き、初の名人リーグ入りを果たしている。

今まで5戦して3勝2敗。

彼の次の対戦相手は他でもない――父である。

来月予定されている。


「窪田さんは父と対局したことは?」

「何回かね。最後に打ったのは早碁オープンの準々決勝かな。ぼろ負けしたけど」

「そうなんですね…」

「俺も早碁結構得意な方なんだけどな…。全然敵わなかったよ。進藤本因坊のあのヨミの早さは神がかってるよね」


ちなみに今並べている父と緒方先生の一局も、結局父が4目半勝ちしている。

父は今期の名人リーグを今のところ5戦5勝。

今年も挑戦者になって母と戦う気満々である。


並べ終わった後、全員で意見を出し合う。


「緒方先生のこの8の八のノゾキは勝負手だよね」

「でも進藤先生がツイでくれるわけがない」

「ハザマも狙いたかったのかな?反対に守られちゃってるけどね」

「簡単そうに見えるけど、これ進藤先生だからこそ出来る攻め方だよね。他のプロじゃすぐ潰れてもおかしくないよ」


横で聞いていて、父がいかに評価されているのかがよく分かった気がした。

この窪田七段もかなり評価してくれている。



検討が一通り終わった後、今度は2人ずつ分かれて一局打つことになった。

「進藤君は俺と打ってみる?」

窪田七段が僕に問う。

息子の僕の実力が知りたいと、そう顔に書いてある。

もちろん僕の答えは決まっている。



「はい。ぜひ――」










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