●FIRST-STAGE 13●
翌朝。
身支度した後、僕は4人分の朝食を作る為にキッチンに立った。
白ご飯は昨日の残りがあるので、お味噌汁を作って、あとは目玉焼きとベーコンを焼いてみる。
「おはよう」
「あ、おはようございます京田さん」
「何か悪いね、朝ご飯まで作ってもらっちゃって」
「いえ、二人分作るのも四人分作るのも一緒なので気にしないで下さい」
顔を洗いにかバスルームに向かった京田さん。
次戻ってきた時には制服に着替えていた。
「ブレザーなんですね」
「うん」
ネクタイを慣れた手付きで結んでいた。
「「おはよー」」
彩と精菜が二階から降りてきた。
「おはよう」
と制服姿の京田さんに挨拶された彩は、頬を一気に赤めていた。
「彩ちゃんの小学校は私服なんだ?」
「う、うん。京田さんの小学校は制服あったの?」
「うん、学ランだった。女子はセーラー」
「へぇ…私立なの?」
「うん。家から一番近いとこ受けた」
「京田さんの家の近くだとお金持ちな学校多そうだよね」
「はは、まぁ公立行く子は近所にはいなかったかな」
「へー」
そりゃあんな億ションに住んでるんだ、当然近所もそれなりのマンションや家が建ってるわけで。
小学校のお受験も当たり前の世界らしい。
ちなみにこの辺りの家は半々だ。
右隣の家の子は公立に行ってるけど、左隣の家の子は僕らと同じ海王に行ってたらしい。
(とっくの昔に卒業して今は社会人らしいけど)
「彩ちゃん達今小6だろ?海王小から上がる時は中学受験ないんだっけ?」
「ううん、一応2月に試験はあるよー。落ちる子は滅多にいないらしいけど」
「なら良かったな」
「うん」
4人で朝ご飯を食べた後、学校までが遠い京田さんは一足先に出発することになった。
「じゃあ進藤君、研究会17時からだから」
「棋院ですよね?」
「うん、5階。10分前にロビー集合でいい?」
「分かりました」
「じゃ、昨日はありがとう」
「はい、また夕方に」
彩が横から「行ってらっしゃ〜い」と手を振った。
少し顔を赤めて「行ってきます…」と京田さんも返事をして出発した。
(確かにいい雰囲気だ…)
「お兄ちゃん、京田さんと今日もどこか行くの?」
「うん。太田九段の研究会」
「え!じゃあ窪田七段いるんじゃない?打つの?」
「それは行ってみないと分からないけど…」
「打てたらいいね」
「うん…そうだな。あ、だから帰り遅くなるから。夕飯は適当に食べろよ」
「はーい」
その後彩は精菜に「夕飯一緒に食べに行こ〜」と誘っていた。
「で?どうだったん?昨日の合宿は」
学校に着くなり西条が開口一番に聞いてくる。
「うん、楽しかったよ。寝る直前まで皆で打てたし」
「へー」
「今日は太田九段の研究会に行って来るよ。京田さんと一緒に」
「太田九段?って確か…」
「うん、窪田七段の師匠だよ」
「やな!進藤は窪田さんに会ったことあるん?」
「合同表彰式の時に挨拶はしたけどね」
「ああ、3つくらい賞取ってたもんな彼」
「そうみたいだね」
「でもほな今日は本因坊戦一緒に検討出来へんなぁ…」
「休み時間にしよう。今日は1日目だからどうせ17時までだしね」
「そやね。こういう時やっぱクラス一緒は便利やな」
「そうだね」
両親の本因坊戦挑戦手合七番勝負・第一局。
父は21歳の時から10年間ずっとこのタイトルを保持し続けているけど、母が挑戦者として父に挑むのは実は今回が初めてだったりする。
母は19歳の時に一度挑戦者にはなってるけど、その時は倉田先生がタイトルを保持していた。
前回の名人戦とは真逆の、今回は父が上座。
しかも父にとって特別な『本因坊』のタイトル。
母が奪取するのはきっと容易ではないだろう。
どんな戦いが待っているのか楽しみだ。
一時間目の終業ベルが鳴るのと同時に僕は携帯の速報サイトを早速開けてみた。
とは言え、開始からまだ45分しか経っていない。
盤面もまだ10手程しか進んでいなかった。
西条が折り畳み式の碁盤を広げたので、僕が父の黒、西条が母の白を並べていった。
「まだ何とも言えんな…」
「そうだね。これからだ」
二時間目の後も、三時間目の後も、昼休みも、休み時間になる度に石を足していく。
最後六時間目が終わった頃には100手まで進んでいた。
「この16の十二をノビてしまったから、長期戦になりそうな気がするね…」
「一見好点の打ち合いで落ち着いとう見えたけどな」
「全局を見極めるのは容易じゃないな…。お父さん、もう30分も長考してるし」
「早打ちの本因坊にしては慎重やな」
「封じ手まであと一時間か…」
「進藤、そろそろ研究会行かなあかんのとちゃう?」
「うん…じゃあ続きはまた明日な」
「ああ」
一度家に帰って着替えてもいいけど、それだと時間ギリギリになりそうなので、僕はもう制服のまま棋院に行くことにした――
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