●FIRST-STAGE 12●





「精菜、一緒にお風呂入ろ」

「うん♪」



最後に僕と彩、京田さんと精菜の組み合わせで打った後、一旦休憩することになった。

彩と精菜が先にお風呂に向かったので、僕は京田さんにコーヒーを入れて手渡した。


「お。ありがとう」

「ちょっと疲れましたね。学校の後ですし」

「そうだな。あ、宿題してないや」


京田さんが鞄から数Uの教科書と宿題のプリントを取り出した。

この春から高2の京田さん。

プリントを少し覗かせてもらったが、さすがに全く分からない。

ベクトル?Σ?


「京田さんて男子校なんでしたっけ?」

「うん。中高一貫高だから高校入試がなかったのはよかったかな。その分中学入試はかなり勉強したけどね」

「大学の進学率も高いんですか?」

「100%だね。理数科の奴らは毎年東大とか医学部とか普通に受けてるらしいし」

「へぇ…」

「まぁ俺は大学なんて全く興味ないけどな。卒業後は棋士に専念するよ。進藤君は?」

「僕もそうするつもりです。たぶん大学までは行かないかと」

「まぁ進藤君が大学なんて行ったら、その大学は大騒ぎだろうね。緒方さんの心配が増えるだけかな」

「はは…」

「進藤君、そろそろ取材の話も来てるんじゃない?」

「囲碁関係の雑誌以外は一応断って貰ってます…」

「そうなんだね」

「……」



まだ入段して1ヶ月半だけど、実は手合いで棋院に行く度に僕は事務局や出版部に捕まっている。

週刊碁や囲碁雑誌の取材はもちろん受けているけど、それだけでは済まされない現実がある。

なるべく断って貰うようお願いをしているが、スポンサーや大手出版社からのオファーなど、どうしても断れないものもある。

広告塔として仕方なく受けた取材や写真撮影……もしかしたらそろそろ雑誌に載り始める頃だろうか。


(気が重い……)






「お兄ちゃん出たよー」

「あ、次京田さん入りますか?」

「うん。じゃあ借りようかな」

「タオルは積んであるやつ適当に使って下さい」

「ありがとう」


彩と精菜がお風呂から出てきて、入れ違いで次は京田さんが浴室に向かう。

休憩後はノンストップで日付が変わる頃まで打つつもりなので、すぐ寝れるように彩達はもうパジャマ姿だ。


「佐為、お水頂くね」

「うん…」


精菜のパジャマ姿を見るのは祖父の家で一緒に泊まった時以来だから、もう2年近くなるだろうか。

あの時も僕らは付き合っていた。

でもあの時とは違うことが一つある。

それはもちろん――今の僕は精菜の服の下を知ってしまってるということだ。


(やばいな…)



「佐為、今夜私どこで寝たらいい?」

「え?彩の部屋でいいだろ…?」

精菜がふふっと意味深に笑って、耳元で囁いてくる。

「なぁんだ。一緒に寝ようと思ったのに…」

「せ、精菜…っ、煽るなよ…!」

「ふふ」


精菜から急いで離れて、僕は二階の自分の部屋に向かった。


やばい。

やばいやばいやばい。

やばすぎる。

どうしよう。

二人きりになったら終わりだ。

間違いなく僕は我慢が出来ないだろう。


二人きりにならない為に、僕はお風呂から出てきた京田さんに、

「今日僕も一緒に和室で寝てもいいですか?」

とお願いしてみた。

かなり切羽詰まった顔で。


「別に俺はいいけど……どしたの?」

「ちょっと、色々諸事情が…」

「ふーん?」




その後僕もお風呂に入って(もちろん一度抜いておいて)、そして4人でまた打ち始めた。

今度は一手30秒の早碁だ。


「進藤君って早碁得意だよね。新初段シリーズの時もあの緒方先生に全く引けを取ってなかったし」

「そうですね…父と打つ時はいつもまぁまぁなスピードですので」

「進藤先生はめちゃくちゃ得意だよな。早碁オープンもう10連勝くらいしてるよな?」

「そうですね。その辺りが父のヨミが早くなる秘訣なのかもしれませんね…」

「なるほどねー」


会話をしながらの早碁はかなり難しい。

僕らは敢えて会話を続けて自分達を追い込んでみた。

ちなみに彩と精菜はWJで連載中のマンガの話をしていた。(鬼滅の刃?)



早碁の後は、一昨日の若獅子戦の対局をそれぞれ一局ずつ並べて、皆で検討してみた。

僕は伊東四段との一局を並べる。


「え、進藤君この死活を一瞬で解いたの?」

「ええ…そうですね」

「めちゃくちゃ難易度高いよこれ」

「お兄ちゃん詰め碁も昔から得意だもんねー。将来お父さんみたいに詰碁集出せるよきっと」

「はは…」


精菜は金森女流二段との一局を並べてくれた。

末恐ろしい内容を……


「瞬殺だね…」

「これでも手加減したんだよ?女流ってこんなレベルの人ばっかなのかな?早くおばさんと打ちたいなぁ」

「精菜ってお母さんと打ったことあった?」

「あれ?そういえば無いかも…?」





あっという間に0時を回り、彩と精菜は「「お休み〜」」と二階に上がって行った。

僕と京田さんは一緒に和室に布団を敷いた。


「――で?ここで寝なくちゃならない諸事情って何?」

京田さんが意地悪く聞いてくる。

「いえ、その…一人で寝てたら…何か精菜が来そうで」

「はは、進藤君襲われちゃうんだ?」

「笑い事じゃないです……」


新初段シリーズの時、僕と緒方先生の会話を全て隣で聞いていた京田さん。

僕らが今どこまでいってるのかも彼は全てを知っている。


「まぁあのパジャマ姿で迫られたら拒否は出来ないよな…」

「じゃあ京田さんはどうなんですか?」

「え?」

「例えば彩に迫られたら、拒否出来ますか?」

「ええ?!」


京田さんの顔が途端に真っ赤になる。

確かにこの反応は……西条の言う通り全くの脈無しではなさそうだ。


(彩、良かったな…)


「うーん…出来ないかも?」

「ですよね?出来ませんよね?そんなもんですよね?」

「うん……情けないけど。そこまでまだ人間出来てない…」

「だから京田さん、一緒に寝ましょう!」

「わ、分かった…」



こうして僕は安心して眠りについたのだった――












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