●FIRST-STAGE 11●
ピンポーン
京田さんが家に到着したのは17時になる少し前だった。
「お誘いありがとう」
「平日で申し訳ないけど」
「ううん。先生達はもう出発したんだ?」
「うん、萩市内のホテルで前夜祭がもうすぐ始まる頃だと思う」
一緒にリビングに戻った。
横のキッチンでは精菜と彩が夕飯作りに勤しんでいる。
「あ、京田さんいらっしゃ〜い」
「何?彩ちゃんもしかして夕飯作ってくれてるの?」
京田さんが彩の方に様子を見に行く。
「カレー?」
「うん…お兄ちゃんが絶対失敗しないやつにしてくれって言うから」
「いいんじゃない?俺カレー一番好きだし」
「そうなの?」
彩の顔がパアァと一気に明るくなる。
「うん。週3くらいカレーでも問題ないくらい」
「あはは」
現在野菜と格闘中の彩。
たどたどしい手付きに、「ケガしないようにね…」とだけ言って京田さんはリビングに戻ってきた。
「今のうちに一局打ちますか?」
「そうだな」
「あ、京田さん今日和室で寝てくださいね。押し入れに布団入ってますから」
「分かった」
和室に向かい、碁盤を挟んで座る。
ニギって、僕が白と決まる。
「「お願いします」」
パチッ パチッ パチッ……
盤面に石が半分くらい埋まったところで、京田さんに尋ねる。
「今までも合宿とか参加したことあるんですか?」
「んー、合宿じゃないけど、院生の頃はよく柳んちに泊まりこんで打ってたな」
「そうなんですね」
「相川とか、他にも院生の奴ら何人か誘った時はちょっと合宿っぽかったかな」
「楽しそうですね」
「進藤君はあんまりそういう経験なさそうだよね」
「そうですね…春休みに西条の家には一度泊まりに行きましたけど」
「西条三段?若獅子戦で柳が負けて悔しがってたよ」
「いい勝負だったらしいですね。柳さんも今年こそプロ試験受かるんじゃないですか?」
「そうだな」
話しながらもパチパチ打ち合って進めていく。
こういう気軽な対局の時は京田さんは妙手は打ってこない。
でも所々厳しい一手を打ってくるので、直ぐ様応手、かわしていく。
「太田九段の研究会にはまだ参加されてるんですか?」
「たまに…だけどね。元々火曜しか行ってなかったし、進藤先生が火曜に研究会を開く時はもちろんあっちは休んでるし」
「そうなんですね…」
「進藤君も今度覗いてみる?あ、なんなら明日火曜だし、一緒に行く?」
「え、いいんですか?」
「太田先生は誰でもウェルカムな人だから、俺みたいに門下以外の人も来てること結構多いし、全然問題ないと思うよ」
「じゃあ…お願いしてもいいですか?」
「うん。連れて行くって連絡だけは一応しとくよ」
京田さんがズボンのポケットから携帯を取り出してメールし出した。
その後対局を再開して、ちょうど打ち終わった頃に、彩と精菜が「出来たよ〜」と夕飯がスタートした。
「あ、普通に美味しい」
の京田さんの一言に彩が輝く。
僕の方も精菜に「美味しいよ」と笑顔を向けた。
「食べ終わったら打ち始めようか。今度は彩が京田さんと打つか?」
「うん!」
「じゃ、精菜は僕とな」
「うん♪」
若獅子戦に勝ち残ったのはこの4人プラス、西条、大塚四段、広岡三段、東五段だ。
僕は広岡三段との対局になる。
(ちなみに京田さんは大塚四段、彩は西条、精菜は東五段とだ)
広岡三段は20歳。
入段してもう9年になる。
11歳で入段した時は結構話題にもなったらしいが、プロになってからの戦績はそんなに良くなく、本人ももう辞めようか悩んでるらしいという噂を聞いたことがある。
小さい頃から天才だ才能あるともてはやされ、プロ試験もすんなりパスした彼の前に、何かが立ちはだかったのだ。
すんなりパスしてしまった分、あっさり辞めようと思ってしまうらしい。
残念なことだが、辞める前に一度手合わせ出来るのはよかった。
一体どんな碁を打つんだろうか。
「「お願いします」」
「「お願いします」」
夕食後、両組とも打ち始める。
精菜との対局。
二人きりで打とうとすると、どうしても余計な気持ちが沸き上がってくる。
一度触って以来、ストッパーが外れたようにもう我慢出来なくなってる自分がいた。
でもこんな風に他の人と一緒に打つと、目の前の碁盤に集中出来るからいい。
精菜との対局を純粋に楽しめる。
相変わらずキレのいい打ち方をする彼女。
思いがけない応手に、ヒヤリとすることも多々。
若獅子戦、精菜の次の相手は五段だ。
でも彼女ならきっと勝つだろう。
そうなると次の相手は――僕だ。
もちろん本気でいかせてもらう。
精菜と公式戦で真剣勝負が出来る――僕にとってそれは何より嬉しいことだ。
「精菜、お互い準決勝に進もうな」
「うん、もちろん。そしたら佐為とまた打てるね」
ニコッと精菜が笑った。
そんな僕らの会話を聞いた彩と京田さんも、
「京田さん、私達も勝ち上がって戦おうね!」
「そうだな」
とやる気を出していた。
NEXT