●2nd FEMALE 3●


「オマエまた痩せたんじゃねぇ?」

7ヶ月目に入った僕のお腹を触りながら進藤が言った。

「そんなことないよ。これでも3kgは太ったんだ」

「3kgねぇ…。普通もっと太るって言ってたぜ?」

「そんなこと言ったって…」

「だいたい食べる量が少な過ぎなんだよ。オレを見習え!」

「進藤は食べ過ぎだと思う…」

まだ成長期だから仕方ないけど…。

出会った頃はあんなに小さかったのに、今じゃ175cmは超えてるもんな…。

それなのにまだ伸びてるって言うし…。

というかまだ成長期の人が親になるってどうなんだろ…。

やっぱり今の時代どう考えても早過ぎだよな。

ここんとこお腹も少し目立ってきたから、棋院に行った時も会う人会う人に言われる。

「妊娠してるんですか?」

これはまぁハイ、と答えようがある質問だ。

でも―

「結婚されてたんですか?」

という質問には正直困る。

しかも大抵セットで皆聞いてくる。

してません、と答える訳にはいかないし…。

もうすぐします、はもっと変に思われる。

いつも言葉を濁して逃げてるけど―。

おかげで最近は手合い以外の仕事は全部断っている。

早く進藤18にならないかな…。

あと1週間だ。




「え?お前来週の手合い大阪なんだ?」

貼ってあるカレンダーの書き込みを見ながら進藤が言った。

「そうだよ」

「えー…大丈夫かぁ?オレも付いて行こうか?」

「何言って…、キミもこっちで手合いがあるだろう?」

「そうだけど…」

不穏そうな目で僕を見てる。

「心配しなくても平気だよ。何度も行ってるし、移動も飛行機ですぐじゃないか」

「飛行機はダメだ!新幹線にしろ」

「…別にいいけど」

あの気圧の変化や振動は体によくないから…だそうだ。

「んー…じゃあお前の世話、社にでも頼むかな」

「えぇ?!いいよそんなの。一局打ってすぐ帰ってくるし…。それに―」

「それに?」

「社にまでこのお腹のことでびっくりされるのは嫌だ…」

「電話でちゃんと説明しとくって」

「……」

これ以上知り合いに知られるのが嫌なのに…。

「社が嫌ならオレが手合いサボって付いて行くからな」

「…分かったよ」

仕方ない…。



進藤の誕生日を明日に控えた今日、予定通り大阪に向かった。

社とは新大阪駅で会う予定になっている。

「塔矢!こっちや!」

「社」

改札を出た所で待っていてくれた。

「うわー、ほんまに腹大きいんやなぁ」

やっぱり第一声がそれだ。

「こんなの序の口だよ。まだまだ大きくなるし」

「へー、今何ヶ月目なん?」

「…7ヶ月」

社が計算しだした。

「…ちゅーことは12月ぐらいか?」

「うん」

寒い時期やなぁ、と。

「にしても進藤の奴、今年の始めに塔矢と付き合い出したーってメール送って来たかと思たら、もう12月には出産かい。お前ら早すぎや」

「……」

僕もこんなことになるとは思ってなかったよ…。

「…まぁ、助言したんは俺やから何も言えんけど…」


え…?


「何の話…?」


助言…?

「えっ…塔矢知らんかったんか?やば…」

「社っ!どういうことだ?!」

社が進藤に何か吹き込んだのか?!

「その…な、前々から…進藤には相談されとったんや。お前を手に入れるにはどうしたらいいかって…」

進藤が社に…?

「付き合ってもすぐケンカして別れてまうかも…とか、ずっと塔矢を繋ぎ止めとくにはどうしたらいいか…とか」

「で…?」

僕の目付きがどんどん怖くなるのをビクつきながら続けた。

「あいつほんまにお前のこと本気だったんや!北斗杯で初めて会った時から好きって言よったしな!」

それを聞いてちょっと頬が赤くなる。

「だから言うてもたんや…。既成事実だけだったらまだぬるいから、もういっそのこと孕ませたらいいやん!って…。そしたら…塔矢も…嫌でも…お前に…って…」

「社」

「はい…ごめんなさい…まさか…本当に実行するとは…」

進藤って怖い奴や…、と社が呟いた。

「でも俺は塔矢には一番進藤が合っとると思うで!北斗杯の時思たもん…塔矢って進藤と居る時だけは雰囲気違うなって。他人行儀なとこがないっちゅーか―」

「それは―まぁ…」

そうかもしれないけど…。

「塔矢やって、進藤やから付き合うのOKしたし、体も許したんやろ?」

「…うん」

他の人にも何度か告白されたことがあったけど、その時は碁の勉強の邪魔になるってすぐ断ったもんな。

初めて付き合うかどうか悩んだのが進藤だった―。

「なら、済んでしもたことはもういいやん!進藤なら絶対お前を幸せにしてくれるって!」

「…うん」

「余計なこと考えてたら体に障るで?今は元気な子を産むことだけ考えときや!な!?」

「―うん…」



―その晩、進藤から電話がかかってきた時に真相を確かめてみた。

『うわっ、社の奴言っちゃったのかよ』

電話の向こうの進藤の声がちょっと焦っていた。

「本当だったんだ…」

『…うん、確かに社に言われて初めてその手があったかって気付いた』

「それで有言実行したんだ…」

『―うん、ごめんな…。オレどうしてもお前が欲しくて―』

「なら…せめて二十歳を超えてからしてほしかった―。そしたらこんな嫌な思いしなかったのに―」

できちゃった婚でも何でもいいからすぐに結婚出来たのに―。

『あんまりあの時余裕がなかったんだよ…。周りが騒いでたから、一刻も早くって―』

「でも僕は告白されても他の人のは絶対に受けなかったと思う…」

『え…マジで?』

「うん…」

だからあんなに切り詰めて抱く必要はどこにもなかったのに―

僕もこんな奴だったなんてって勘違いして別れようなんて言わなかった―

『それって…自惚れてもいい?』

「うん―…キミだけだよ、僕が選ぶのは―」

『…明日、手合いが終わったら即効そっちに飛んでくな』

「え?」

『一緒にこっちに帰ってきて、その足でそのまま区役所行こうぜ…』

「―うん…待ってる」



―次の日、僕の対局が終わって部屋を出ると進藤が居た。

「キミ…早過ぎ」

「へへ、めちゃくちゃ真剣に打ってさ、速攻中押しにしてきた」

「中押し負けじゃないだろうな?」

「まさか!」

進藤が吹き出す。

「んじゃ帰ろっか」

「うん―」


順番が色々違ったことには不満だけど、晴れて夫婦になれて嬉しいと思う気持ちに嘘はない。


これから一生進藤と一緒に歩んでいくんだ。


3ヶ月後に産まれるこの子ももちろん一緒に―


NEXT