●DOUGHTER 3●
「有栖ちゃん聞いたわよ〜。進藤に夜這いかけたんですって?」
「え?!ど、どこでそんなこと聞いたんですか!奈瀬さん!」
名人戦の会場だった盛岡から棋院に戻ってくると、変な噂が流れていた。
私が朝方、進藤先生の部屋から出てきたところを誰かに見られたみたいだった。
私が夜這いをかけたとか、進藤先生が私を連れ込んだとか、果ては私達が付き合ってるだとか。
噂好きの奈瀬さんが色々教えてくれた。
「で?本当のところどうなの?進藤に何かされたの?」
「…内緒です」
「教えなさいよ〜」
***
昨夜、進藤先生の部屋にお邪魔した私。
実はずっと話してただけだった。
先生とお母さんの馴れ初めとか思い出話とか…嬉しそうに先生が話してくれるのをずっと聞かされていた。
分かったのは、いかに先生がお母さんのことを好きかということ。
でも、先生がその自分の気持ちに気付いたのは…お母さんが結婚した後だったらしい。
『え?じゃあ先生は当時、好きでもないお母さんとシたってこと?』
『はは…若気の至りってやつ?オレも女の体に興味あったし、塔矢は…ああいう奴だから。ちょっと言えばすぐムキになるし』
『じゃあ…先生の初めてって、お母さん?』
『…まぁな』
照れ臭そうに先生は笑っていた。
それから今まで何人もと付き合ったけど、最初のお母さんとのセックスが一番よかった…とか。
セックスの良し悪しは気持ちの問題だから…とか。
(やだ!私、先生に性教育されてたの??)
『早く告白すればいいのに』
『有栖ちゃんのお父さんがいるのに?』
『………』
尤もだ。
お母さんは自分から離婚を切り出すような人じゃない。
お父さんも同じ。
自分の仕事の方が大事な二人だから。
何もしなければこのままずるずる…最後までいってしまうんだろう。
『じゃあ……何で進藤先生、他の女の人と結婚しなかったんですか?お母さんが別れるのを…待ってたんじゃないんですか?』
『…かもな。でも、そろそろ本気で諦めなくちゃならないのかも…。いい加減オレも結婚しないとな…』
『じゃあ、私と結婚して下さい!』
『だから言っただろ?適当な年上の男とは結婚するなって』
『じゃあ、私と結婚するフリをして下さい!』
『はぁ?』
そうすれば、お母さんも絶対に自分の気持ちに気付くはず。
ううん、きっともう気付いてる。
気付いてるけど、動けないでいるんだ。
私が何とかしてあげないと!
『有栖ちゃんはそれでいいのか?仮に上手くいったらお父さんは…』
『お父さんは大丈夫です。私、知ってるんだから。向こうでお父さんがマリーだとかマリアだとかメアリーだとか、忘れたけど何かそんな名前の人とずっと浮気してること。たぶんお母さんも知ってる。知ってて見て見ぬ振りをしてるんです。お母さんさえ自分に正直になってくれたら、全て上手くいくと思うんです!』
『…それ、本当に?もっと早く聞きたかったよ…』
『え?』
お父さんの浮気のことを知った進藤先生は、顔がちょっとマジになっていた。
タイトル戦並の険しい表情。
不謹慎にもちょっと…ドキッとなってしまった。
***
「進藤と何があったの?ほら、教えなさいよ〜」
「……進藤先生と」
「うんうん、進藤と?」
「結婚、するかも…」
「は?」
ええええぇーー??!!
と奈瀬さんが叫んだ。
奈瀬さんに言っておけば、今日中には棋院中どころか囲碁界中に噂が広がるはずだと、進藤先生は言っていた。
嘘みたいな本当の話。
カフェで昼食を食べた後囲碁サロンに行くと―――
「有栖ちゃん!進藤君と結婚するって本当?!」
「え…?は、早っ…」
受付の市河さんの第一声に思わず絶句した。
「やだわ〜進藤君ったら。アキラ君が駄目だったから有栖ちゃんに手を出すなんて。年の差19だっけ?うーん…すごいわね。塔矢先生が聞いたら寝込んじゃうんじゃないかしら」
碁会所の常連のお客さん達にも祝福されてしまった。
ちょっとこれ…フリにしてはやり過ぎじゃない…?
お母さんさえ騙せたらそれでよかったのに。
嘘だと明かした後どうなるんだろう…と、ちょっと焦りながらいつもの奥の席に向かうと………
「…京極?」
「………よう」
よりによってこんな時に、私のライバル・京極冬夜が待ち構えていた。
少し拗ねた顔をして…
「進藤先生と…結婚するんだって?」
「あ…、う…ん」
「本気か?だって先生…オマエより19も上だろ?」
「だ、だから?愛があれば年の差なんて関係ないと思うけど。というか…京極には関係ないでしょ?」
「関係ないわけないだろっ!?」
ダンッと思いっきり机を叩かれた。
そのせいで落ちた碁笥から碁石が散らばる。
「も…何やってんのよ。欠けたらどうするのよ…」
拾おうと手を伸ばすと、腕を掴まれた。
「ちょ、痛いって…。なに怒ってんのよ…」
「そんなに…碁が強い男がいいのかよ?」
「あ、当たり前でしょ?先生より強い男なんて他にいないでしょう?」
「進藤先生なんかオレがすぐに抜いてやる!だから…だから…早まるなよ…」
「……」
京極の顔は真っ赤で、必死で、今にも泣きそうだった。
…なにこれ?
告白?
私、京極に告られてるの?
ありえない……
「あと一年。一年でいいから…待ってくれねぇ?」
「一年でアンタが進藤先生に勝てると思ってんの?相手は二冠よ?」
「勝つよ!絶対!リーグ戦突破して挑戦者になって、先生の持ってるタイトル…絶対に奪取してみせる!」
「…ふーん」
「だから、勝ったら……オレと結婚してほしいんだけど」
「は…はぁあ?何で私がアンタなんかと結婚しなくちゃなんないのよ!一回エッチしたからって調子に乗ってんじゃないわよ!?まずはお付き合いからに決まってるじゃない!ダメだったら即行別れるからね!」
「いいよ。それで十分…」
京極に抱きしめられた。
すぐにでも跳ね退けたいのに……大人しく彼の胸で収まってる私がいた。
進藤先生…もしかしてこれを読んでたのかな。
だからわざわざ噂を広げたの?
余計なお節介だよ……本当に…
「…キスしてもいい?」
「だ、駄目に決まってるでしょ!……こんな人前で…」
「あ、そっか」
気が付いたら囲碁サロン中の人がこっちを見ていた。
私の手を引っ張って、京極が「お邪魔しました」と出ていく。
市河さんが笑ってる。
やっぱりね、と。
やっぱりって何??!
私は別に京極のことなんか、これっぽっちも好きじゃないんだからねー??!
「…オマエさ、ちょっとは素直になれよな」
「私のどこが?」
「オレのこと、嫌い嫌い言いながら脚開いてるし…」
「じゃ、閉じる」
「うわ、ゴメン!嘘!」
「……京極とエッチするの、二回目だね…」
「うん…」
「前より気持ち良くしてくれないと怒るからね…」
「有栖が素直になったら気持ちいいよ…きっと」
「有栖って呼ぶな。馴れ馴れしい」
「オレのことも冬夜って呼んでいいから」
「……やだ。だって…『冬夜』って、お母さんの旧姓と一緒なんだもん…」
ちなみに私達のことは、市河さんの方からまた噂が広がり直したらしい…です―――
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