●DOUGHTER 2●





「綺麗なカクテル〜!先生、乾杯しましょうよ♪」

「ああ…」


有栖ちゃんがオレのグラスと自分のグラスをチョンと合わせ、ご機嫌に乾杯♪と言ってきた。

そして一口飲んで、美味しい!と更にご機嫌に。


「先生と一緒にお酒が飲めるなんて幸せ〜」

「オレなんかと飲むより、大学の奴らと飲んだ方が美味しいだろ?」

「えー、全然美味しくないし楽しくないですよ。無駄にテンション高くてついていけないもん」

「ふーん…」


有栖ちゃんは棋士の傍ら大学にも通っている。

しかも音大。

専攻はバイオリン。

このままいくとプロのオーケストラに入れる実力も十分あるらしく、父親の才能もちゃんと受け継いでいるらしい。

でもやっぱり棋士の方が性に合ってるらしく、卒業後はこっちの世界に来る予定だとか。


「大学なんて本当はもう辞めたいんだけど、お母さんが止めるのよね。自分は中学卒業してすぐに棋士に専念したくせに、ずるいよね〜。両立ってすっごく大変なんだから!これ以上単位落としたら留年なのに、今度もテストの前日に手合いが入ってるし…」

「頑張れよ。有栖ちゃんなら出来る」

「も〜他人事なんだから。じゃあ、手合いも勝ってテストでもいい点取れたら、私と付き合って下さいね!」

「…なんでそうなるんだ」

「だってぇ…それくらいのご褒美がないと無理だもん。じゃあせめてデートだけ。ね?」

「こんなおじさんとデートしても楽しくないだろ?」

「だから先生はおじさんじゃないって」

「おじさんだよ」

「違う!」

「違わない」


この自分の意見を一歩も譲らないところも塔矢そっくりだ。

オレもついムキになってしまう。



「…有栖ちゃんも、好きな奴ぐらいいるんだろ?勘違いされたら困るぞ」

「だから〜私は先生が好きなの!」

「嘘つけ」

「嘘じゃないもん。私、強い人が好きなの。今のトップ棋士の中だと先生が一番強いでしょう?」

「『今の』『独身の』棋士限定なら…そうかもな。でも、オレだってそのうち若い奴らに抜かれるよ。京極とか東田とか…アイツら今すごい成長スピードだし。特に京極七段。…あ、有栖ちゃん確か同期なんだよな?」


彼女の肩が少しピクッと反応したのが分かった。

顔を覗き込むと、途端に表情も変わっていた。

さっきまでの女の子を最大限にアピールした可愛い顔から―――鋭い勝負者の目つきに…


「…アイツの話はしないで下さい。美味しいお酒が台なし」

「はは…相変わらずだな」



有栖ちゃんがプロ試験を受けたのは小学5年の時だった。

塔矢の一人娘、塔矢先生の孫ってことで元々かなり注目されていた彼女は、周りのその期待を見事に裏切らなかった。

ほぼ全勝での合格。


そう――ほぼ、だ。


一人にだけ負けてしまったんだ。

しかも同い年の男の子に。

それが京極冬夜七段。

今の若手のトップ。

有栖ちゃんがそのプロ試験で負けて以来、ずっと意識しているライバルだ。


………なーんか昔のオレと塔矢を見てるみたいで微笑ましいよな。



「京極とはよく打ってるんだって?」

「別に。アイツが囲碁サロンに来るから相手してやってるだけです。ま、一人で棋譜並べするよりかはマシってやつ?」

「素直じゃないなぁ。そんなにツンツンしてたら嫌われるぞ?」

「だ、誰に嫌われるって言うんですか?言っておきますけど、京極なんかに嫌われても全然構いませんからね!私だって大っ嫌い!!」

「ふーん。でも京極はたぶん有栖ちゃんのこと好きだぜ?」

「な、何を根拠にそんなこと…」


そりゃ分かるよ。

昔のオレと同じだから。

どんなに忙しくてもどんなに疲れていても…オレもあの囲碁サロンに行くことだけは怠らなかった。

塔矢に会いたかったから。

塔矢が好きだったから……



「有栖ちゃんは待っててやれよな」

「え…?」

「適当な年上の男となんかと結婚するなよ。将来絶対に後悔するぞ」

「……適当な年上の男って、先生のこと?だったら私は後悔しないと思うな。お母さんと違ってね」


有栖ちゃんがオレの肩に手を置いて…顔を近付けてきた。

やべ、キスされる?


「ふふ…何か私、酔っ払ってきたぁ〜。先生のせいだからね。先生が京極の話なんかするからぁ…この前負けた時のこと思い出してやけ酒しちゃったじゃない…」

「え?」


気が付いたら有栖ちゃんの前には空のグラスがいくつもあった。

いつの間に?!

そういえばさっきからやけにカクテルを受け取ってる気はしてたけど…


「眠たーい…」

「ったく、戻るぞ。部屋まで送ってやる」

「いやぁ…先生の部屋に泊めてよぉ」

「バカ言うな」

「何でぇ?心配しなくても私初めてじゃないから大丈夫ですよ〜?」


はい?!


「な、な、何が初めてじゃないだ!ふざけるな!冗談もいい加減にしろ!」

「先生だっていい加減に認めたらどうですか?お母さんが好きだって。一体いつになったら告白する気なんですか?」

「…子供にそんなこと心配される覚えはない」

「私は先生の子供じゃありません」

「あ…当たり前だ!」

「でも、お母さんと子供が出来るようなこと、したことあるんでしょう?私…知ってるんだから」




―――え?




「…お母さんに一度聞いたことあるんです。お母さんはお父さんが初めてだったの?…って。正直なお母さんは違うって答えてきた。じゃあ誰と?って感じよね。お父さんと出会う17歳の時より、もっと若い時のお母さんにそんなに親しい人がいたなんて……いくら考えても一人しか思い浮かばなかった。…先生なんでしょう?」

「………」

「もちろんそれだけで決め付けてない。さっき…言ったでしょ?私…初めてじゃないって。私の初めての人は……だったから。だからお母さんは進藤先生なんだって…思ったの」

「…京極と寝たのか?」

「やだ、そんなにハッキリ言わないで!もう昔のことだよ。でもほら、先生はすぐに分かった。私の読みが当たってたからでしょう?」

「………」


オレの方こそ…もう昔のことだ。

塔矢への想いにも気付く前の話。


でも、今でもあの晩のことははっきりと覚えてる。

もう20年以上も前のことなのに忘れられない。



結局有栖ちゃんを自分の部屋に招いたオレは、塔矢への想いと思い出を赤裸々に語ってしまっていた―――









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