●DISCIPLE 2●
翌日。
俺は午前中は棋院で指導碁の仕事をして、夕方進藤家を訪れた。
「京田さん、いらっしゃーい」
「お邪魔します」
彩ちゃんも帰ってきたばかりなのか、制服姿だった。
お手伝いの楠さんにも「こんにちは」と挨拶して、俺は進藤先生の待つ和室に向かった。
「先生、こんにちは。よろしくお願いします」
「お。いらっしゃい」
先生は棋譜並べをしていたらしい。
「佐為が帰ってくるまで一局打とうぜ」
と石を片付け出した。
「誰の棋譜を並べてらしたんですか?」
「佐為とアキラ。昨日の天元の準決勝」
「どっちが勝ったんですか?」
「アキラ」
「さすがですね」
「まぁな〜。でも最後までどっちが勝つか分からなかったよ」
「進藤君、名人リーグも先週芹澤先生に普通に勝っちゃってますしね」
「自分の息子ながら恐ろしいぜ…」
オレも今年中についに一回くらい負けそう〜〜と、三冠の先生が気にするくらい、今の進藤君の成長スピードは凄まじい。
まだ入段して2年なのに、リーグ入りを果たした彼は既に七段だ。
三段から一気に七段への昇段。
心の底からスゴいと思う。
俺も負けてられない。
先生と一局打ってる間に進藤君も帰ってきて、俺らの対局が終わるまで楠さんにお茶を入れてもらってちょっと休憩していた。
進藤君もだいぶ疲れているように見える。
対局数が増えてきた進藤君は毎週木曜のみならず月曜にも対局が入ることも多い。
上位陣の中では一番下の序列な為、大阪や名古屋での対局も多い。
おまけに人気者の彼はしょっちゅうイベントのゲストにも呼ばれ、土日が潰れることも多い。
おまけに相変わらず雑誌の取材にも引っ張りだこ。
更に高校にも行ってるのだ。
休んだ月、木の補講も受けてから帰ってくるから、最近は帰ってくる時間も遅い。
今日も18時を過ぎての帰宅だ。
(緒方さんとちゃんとデート出来てるのかな…?)
「佐為お待たせ。研究会始めようか」
「うん」
俺と先生の対局終了後、進藤君も加わっていつもの研究会が始まった。
一時間くらい検討した後、彩ちゃんも加わって一緒に夕飯をいただく。
(ちなみに名人は女流棋戦の防衛に行ってて今日は不在だ)
「いただきまーす!」
と彩ちゃんがいつも通りパクパク美味しそうに食べている。
まだ成長期な彩ちゃんはこんなに食べても横には大きくならず上に伸びている。
「彩ちゃんて身長何センチ?」
「んとね、162センチかな?」
「へー、結構伸びたね」
「精菜の方が高いけどね」
「緒方さんは何センチ?」
「この前167って言ってたよ。ね?お兄ちゃん」
「うん、そのくらいじゃないかな。ヒールのある靴履かれるとあんまり身長差ないんだよなぁ…」
進藤君がちょっと落ち込んでいる。
彼が落ち込むところをあんまり見たことがない俺はちょっと新鮮だ。
「進藤君は何センチ?」
「175かな。あと伸びても1、2センチかな…何かもう止まりそうです」
「へー」
「そういえば京田さん、一人暮らし始めるとか聞きましたけど?」
「うん、来週ね。ここにも近くなるよ」
「落ち着いたら一度お邪魔してもいいですか?」
「もちろん」
彩ちゃんも「私も行くー!」と叫んでいた。
先生は「いいなぁ一人暮らし…」と呟いていた。
(先生は17で進藤君がデキたので、一人暮らしを経験することもなく結婚してしまったらしい)
夕飯後再び研究会を再開して、21時頃お開きになった。
先生に挨拶した後、帰ろうと靴を履いていたら――彩ちゃんが来た。
「京田さん、駅まで送っていってもいい?」
「え?いいけど…」
いいけど……感心はしない。
もう21時を過ぎている。
この辺は治安がいいとはいえ、帰り道が一人になるのを心配した俺は、「話があるならここで聞くよ」と玄関先で彩ちゃんに告げた。
「……昨日京田さん手合いだったでしょ?」
「え?うん…」
「精菜も手合いの日だったの……」
「うん…?」
「昼休みに……京田さんが山名女流二段から告白されてるのを見たって言ってた……」
「…ちゃんと断ったよ?」
「うん…分かってる。でも精菜…昨日だけじゃない、この前も見たって言ってた。女流だけじゃない、イベントでもファンの女の子からされてるの見たって…」
「……」
「京田さん……私との約束が重荷になってない?後悔してるんじゃないかなって…思って」
「……」
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