●DIARY●
▼▼▼第六章 娘 ヒカル▲▲▲
ピンポーン
「はい。あら…進藤さん」
「明子さん、さっきは日記…ありがとうございました!」
塔矢ん家に着いたオレは、まずは深々と礼をした。
お礼と…謝罪の意味を込めて――
「オレ…何にも知らなくて…。本当にすみませんでした!」
「…アキラさんが言いたかったこと、ちゃんと伝わったみたいね」
「はい」
「馬鹿よね…あの子。さっさと言えばよかったのに…」
「……」
「本当…馬鹿。わざわざ私達に顔なんて見せにこなくてもよかったのに…」
塔矢のことを思い出した明子さんが…涙を滲ませてきた。
オレもつられそうになる……が、今は泣いてる場合じゃない。
「あの…それで、日記に書いてあったアイルちゃんなんですけど…」
「ええ…案内するわね。私の妹の家で預かってもらってるの。アキラさんに似て…賢くて綺麗な女の子よ」
その塔矢の叔母さんの家は、塔矢家から10分程歩いた所に建っている高級マンションだった。
その最上階の端の部屋。
呼び鈴を鳴らすと、これまた塔矢に似たアラフォーぐらいの女の人が出てきた。
「お姉さん。いらっしゃい」
「こんにちは、明枝」
彼女の後ろに、小さな女の子がくっついていた。
塔矢と一緒に写ってたアイルちゃんだ…。
オレのことを、叔母さんの後ろに隠れてチラチラ見てくる。
「アイルちゃん、こんにちはー」
明子さんがアイルちゃんに話しかけた。
「おばあちゃん、このおにいちゃん…だぁれ?」
「ふふ。アイルちゃんが会いたい会いたい言ってた人よ〜」
「…パパ?」
「ピンポーン!」
正解!と明子さんが言うなり、アイルちゃんがオレの足に抱き着いてきた――
え?え?
「パパぁ…パパぁ…」
「アイル…ちゃん」
子供に慣れてないオレは、どうすればいいのか分かんなくてうろたえてしまった。
取りあえず抱き上げてやる。
「パパぁ…あのね…、あのね…ママね…アイルのママね……しんじゃったんだって…」
「……うん」
「アイルね…ママのこと…だいすきだったの…」
「うん…オレと同じだね」
「もうあえないんだって…」
「…うん」
「ママぁ…」
オレにしがみついて泣き出したアイルちゃん。
オレの目からもまた涙が溢れてきた。
明子さんも叔母さんも鼻をシュンと鳴らしていた。
「驚いたわ…アイルちゃんね、アキラちゃんが亡くなってからまだ一度も泣いてなかったのよ。まだ理解出来てないのかと思ってたけど…そうじゃなかったのね。溜め込んでたのが、お父さんに会えて一気に溢れてきたのね。父親の力って偉大だわ…」
「そんな…オレは何も…」
ようやく泣きやんだアイルちゃんは、オレの膝を枕にして眠ってしまった。
オレの服をぎゅっと握ったまま…。
「オレも…この子と同じです。塔矢のことをまだ受け入れられなくて…」
「そうね…私達もだわ…」
叔母さんが深い溜め息をついた。
明子さんも…。
「…それで、進藤さんはどうしたいのかしら?失礼だけどアキラちゃんから聞いた話では…他に交際してる女性もいるんでしょう?」
「いえ…別れました。今回のことで…オレには塔矢しかいないってことが分かったので…」
「でも…アキラちゃんはもういないのよ?」
「でも、オレには塔矢しかいないんです。アイツがいなきゃもう打てないし…もう意味がない…」
「進藤さん…」
どんなに泣いたってもう塔矢は戻ってこない。
でも、アイルちゃんはいる。
オレらの子供がいる。
この子がいれば……オレはこれからも打てる気がする……
この塔矢の忘れ形見がいれば……
「…いいわ。進藤さんにお任せするわ」
「明子さん…」
「アイルちゃんも…やっと会えたお父さんと離れたくないでしょうし。私達とアキラさんの思い出に浸って生きるよりかは…お父さんと新しい生活を始めた方が…きっとこの子の為になるわ」
「そうね…そうかもしれないわね。アキラちゃんもきっとそう望んでるわね」
「…ありがとうございます」
ちょうど話がまとまった所で、まるで聞いてたかのようにアイルちゃんが目を覚ました。
「パパ…?」
「アイルちゃん…オレの家で一緒に暮らしてみる?」
「パパ!うん…うん!パパといっしょにいたい!うれしい!」
ぴょんぴょんと喜ぶアイルちゃん。
明子さん達にお礼を言って、早速オレはアイルちゃんを連れて家に帰ることにした――
「ここがパパのおうち?」
「うん。アイルちゃんの新しい家だよ」
「ママもきたことある?」
「あるよ」
「ママ…」
リビングには塔矢の日記が散乱していて、塔矢の字を見たアイルちゃんは…またオレに抱き着いてきた。
「ママ…ママぁ…」
「アイルちゃん…」
「アイル…ママのこと…わすれない」
「うん…オレも」
塔矢のことは一生忘れない。
忘れられるもんか。
これからは、塔矢の忘れ形見であるアイルちゃんの為にオレは打つんだ。
塔矢の分も―――
「なぁ…塔矢、日記の続き…オレが書いてもいい?」
その晩――オレはペンを手に取った。
塔矢と比べたらすげー下手な字になっちまうけど、オレがこの日記引き継ごうと思う。
『5月12日。今日からアイルと一緒に住みはじめた。オマエの言いたかったこと…ちゃんと聞いたからな。オマエことはオレらがちゃんと覚えててやるから…安心して眠れよ。ありがとう…塔矢。大好きだ…』
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