●DIARY●
▼▼▼第五章 過去 ヒカル▲▲▲
「思い出した…」
確かにあの晩、オレは塔矢を抱いた。
いや、抱いた気がした。
でも翌朝目が覚めるとアイツは横にいなくて…。
オレも普通に浴衣着てて…。
バスルームから出てきた塔矢もいつものキリッとした顔に、スーツで。
しかも昨日のことを何にも話さなかったから、ああ…ずいぶんリアルな夢だったな…と思ったんだ。
二日酔いで頭が痛かったせいもあって、当時は深く考えなかった。
でも、この塔矢の日記には、ちゃんとオレとエッチしたって書いてある。
『進藤に記憶がないのなら、僕も忘れようと思う。』
とも書いてあるけど…。
もしこのアイルちゃんって子が本当にオレの子供なら、この晩の時の子としか考えられない。
計算も合うし。
『9月20日。進藤の誕生日。こんなところでしか祝えないけど…おめでとう。今日の帰り、ついに妊娠検査薬を買ってみた。8月は結局来なかったし…9月もまだ来てない。妊娠してたらどうしよう。』
『9月21日。調べてみた。結果は陽性。どうしよう。進藤に言った方がいいのかな?親には?その前に病院に行こうかな。』
『9月25日。病院に行ってみた。産婦人科なんて初めてで緊張した。優しそうな女医さんでよかった…けど、10週目に入ってるって言われた。どうしよう。産むべき?おろすべき?分からない。』
『10月1日。ここ数日、進藤に話す機会を伺っていたけど、やっぱり無理だった。話せない。だって進藤はあの夜のことを覚えてないし…そもそも彼にはちゃんと彼女がいるし。きっと迷惑がられる。おろせって言われる。嫌だ…僕は産みたい。』
オレの19歳の誕生日以降、ずっと産むか産むまいか悩んでる日記が続いていた。
そういえば塔矢はこの頃…よくオレに話しかけては
「…やっぱりいい」
と口ごもっていた気がする。
何で気付いてやれなかったんだろう…。
しかもこの辺りのページ…何かふやけてる。
きっと泣きながらこの日記を書いてたんだ。
一人で抱え込んで…誰にも言えなくて……
『12月14日。僕の誕生日。帰国した母に妊娠がばれた。どうして教えてくれなかったの!と怒られた。相手の人の名前も聞かれた。僕は答えることが出来なかった。もうすぐ6ヶ月目に入るお腹。そろそろ目立ってくるかも…。もちろん産むことに決めた。産みたいから。進藤が迷惑だって言うのなら、彼には言わないことにしよう。』
誰も…迷惑なんて言ってないじゃん……
思い出した。
確かこの後…塔矢は留学するとかで長期の休みに入るんだ。
何でリーグ戦の詰まってるこの時期に語学留学なんだ??って誰もが頭を捻った。
こういうことだったんだ…。
ちなみに留学から帰って来た後、オレと塔矢は前にも増して疎遠になった。
オレの方は打ちたくて打ちたくて仕方がなかったんだけど、塔矢にことごとく断られたんだ。
「忙しいから…」
って。
何が忙しいんだよ!って当時のオレは逆ギレしてた。
今思うと…子育てで忙しかったんだな…。
『5月5日。僕は母親になった。2805gの元気な女の子。名前は《アイル》にしよう。愛するヒカルとの子供…の略。なーんてね(笑)』
「なーんてね(笑)じゃねーよ!!なに一人で全部決めてんだよ!!少しはオレにも相談しろよ!!」
日記を壁に投げつけた。
でもすぐに我に返って、慌てて拾いにいく。
…悔しい。
悔しい悔しい悔しい。
オレの子供なんだろ?
オレが父親なんだろ?
なのに…なんで…どうして……
『5月20日。退院。でも来客の多い実家には帰れない。叔母さんの家で育てることにした。子供のいない叔母さん夫婦は大歓迎してくれた。僕が仕事に行ってる間も叔母さんがこの子を見てくれるって。両親が外国に戻ってもこれで大丈夫だ。……本当は進藤と二人で育てたかったけど……』
「なんだよこれ…。オレだって…オレだって…オマエとの子供だったら喜んで……」
『6月15日。仕事に復帰。進藤に久しぶり!って声をかけられた。嬉しい。打たない?って…。でも…無理なんだ。少しでもアイルの傍にいてあげたいから。いつか…キミに話せる日が来るといいな…。』
そのいつか…が4年後の今頃か?!
意味わかんねー!
なんでもっと早く言って……いや、言えなかったのか…?
その証拠の日記がこれ。
『6月20日。進藤と偶然駅で会った。彼女も一緒だった。しかも長期休暇に入る前とは違う人な気がする。どうして彼にはいつも女性の影がちらついているんだろう。どうせ長続きしないくせによく懲りないものだ。女の人を取っ替え引っ返えで、僕の入る隙間もない。入りたくもないけど。汚らわしい。』
これを読んだオレは…自然と携帯に手を伸ばしていた。
電話の相手はもちろん今付き合ってる彼女。
あの5月5日以来、一度も連絡を取ってなかったから、
『もー!心配したんだからー!』
と怒られた。
ちょっと涙声?
でもオレはもっと泣かすことを彼女に告げた。
「別れよう…」
って――
この8年間の日記を読んでオレがすべきことは、単に塔矢の思い出に浸ることじゃない。
真実を知ってしまったオレの取る道はただ一つ。
2010年4月…ほんの一ヶ月前の日記。
『4月15日。保育園から帰ってきたアイルが僕に言った。「アイルのパパはどこ?」って…。パパに会いたい。パパがほしい…って泣かれてしまった。僕はどうすればいいんだろう…。』
『4月20日。叔母さんが僕にお見合いの話を持ちかけてきた。確かに僕が結婚すれば…アイルに父親が出来る。アイルをその人の連れ子ってことにすれば、これからは堂々と子育てが出来る。素敵。でも…本当にそれでいいのかな?』
『4月25日。やっぱり進藤に話そうと思う。進藤が父親だ。彼にも選択肢をあげたい。もちろん…彼には相変わらず彼女がいるし…僕らなんて邪魔な存在なのかもしれない。でも、進藤は僕の唯一無二のライバルなんだ。一生彼とは向き合わなくてはならない。もし今言わなくても…いつかバレる可能性だってないわけじゃない。取り返しのつかないぐらい後じゃなくて、まだ僕とアイルしかいない今…彼がまだ独身の今…話したい。』
うん…ちゃんと聞いたよ。
オマエがずっと言いたかったこと。
ずっと言えなかったこと。
大丈夫だからな。
オマエの大事な子供はオレがちゃんと守るからな。
日記を一通り読んだオレは、ダッシュで塔矢ん家に向かった―――
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