●DIARY●





▼▼▼第三章 日記  ヒカル▲▲▲



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昨日から携帯がひたすら鳴り続けている。

もう耐えられなくなって、オレは主電源を切って――再び布団にもぐった。


今日から本因坊のタイトル戦だ。

場所…どこだっけ?

函館だっけ?

札幌だったかも…。

昨日の前夜祭もサボって、今日もサボってしまった。


「タイトル戦をサボる棋士が一体どこにいる!」

って…塔矢の怒ってる姿が脳裏に浮かぶ。

はは…ここにいるんだって。

もう…タイトルなんかどうでもいいし。

塔矢のことがあったばかりなのに、普通に変わりなく動いてる囲碁界もムカつく。

このまま囲碁なんて辞めちまおうかな……







ピンポーン


携帯の次は玄関のベル。

もちろん無視。


ピンポーン

ピンポーン

ピンポーン


「…くそ、煩い…」


仕方なく体を起こして、玄関に向かった。

囲碁関係者だったらとことん無視してやろう、そう思いながらそっと覗き穴を覗くとそこにいたのは――



え……?



慌てて、ドアを開けた――



「こんにちは、進藤さん」

「…明子さ…ん?」


何と、塔矢の母親である明子さんが立っていた――


「先日は…アキラのお葬式に来てくれてありがとう」

「え?あ…すみません…。オレ…すぐ帰っちゃって…」


化粧で隠してるけど、明子さんの目はだいぶ腫れていた。

そりゃそうだ。

一人娘…だったんだもんな。

しかもあの日…塔矢は両親に会いに行く為に上海行きの飛行機に乗った。

もしあのまま北京から日本に直行してたら…。

せめてもしもう一便遅かったら…。

そんなことを考えるとキリがない。


「今日はね…進藤さんに渡したいものがあって…」

「え?オレに…ですか?」


明子さんが手に持っていた紙袋をオレに差し出してきた。

中は…本?

いや、ノートか?


「あの子のね…日記なの」

「え?」


日記…?

ブログじゃなくて日記…?

今時じゃないところが塔矢っぽくていい。


「結構前からずっと付けてたみたいで…進藤さんに読んで欲しいの」

「え…いいんですか?勝手に…」

「いいのよ。だってアキラさん…ずっと進藤さんに言えてなかったことがあるんですもの。アキラさん…中国から帰って来たら言うつもりだったんでしょう?読んで貰えれば…分かると思うから」

「え……何で知って…」


はい、とオレに日記を渡しながら、

「あの子を嫌いにならないでね…」

とだけ明子さんは言って、すぐに帰ってしまった。



塔矢の日記…か。

一体どんなことが書いてあるんだろう。

気になったオレは、部屋に戻ってすぐに、リビングのテーブルの上に紙袋の中身を全部出した。

几帳面だった塔矢を物語るかのように…丁寧に分かりやすく日付がラベリングされている。

一番古いのは……これだ。

2002年の5月。

北斗杯が終わったすぐ後から。

日記と一緒に棋譜も貼り付けられていた。

この日記も…棋譜も…、何で明子さんがオレに見て欲しかったのかすぐに分かった気がした。

オレとの棋譜ばっかじゃん…。

日記の内容もオレのことばっか。


『進藤はラーメンばっかり食べてる。将来が心配だ。倉田さんみたいな体型になるかも。』

…なんてどうでもいいことまで書かれてて、ちょっと笑ってしまった。


ちなみに一番新しい日記は……2010年5月1日。

北京出発の前日だった。


『明日から北京入り。帰って来たら、アイルのことを今度こそ進藤に話すつもり。進藤にもそう伝えた。』


「……?」


アイルって何だ…?

天王洲アイル駅のこと…じゃないよな?もちろん…。

パラッと前のページをめくってみる。


『今日はお休み。一日中アイルと遊んだ。そういえばもうすぐアイルの誕生日。
誕生日は北京だから一緒にはいられないけど、帰ってきたらケーキ食べようね。
プレゼントは何がいいのかな?碁盤買ってあげようか?(笑)』


(笑)…って、オイ。

でも、文面からすると犬猫の名前ではなさそうだ。

人の名前?

一体誰だ?


一年前の2009年の日記を開けた。

5月…2…3…4……あった、これだ。

5日。


『5月5日。今日はアイルの3歳の誕生日。おめでとう!!ますますお母さんに似てきたね!』


この下に写真が一枚貼られていた。

塔矢と…その3歳のアイルちゃんって子が一緒に写ってる写真が…。

確かに…塔矢に似てる…?

塔矢の子供なのかな…。



――て、ええ??



んなことあるわけねーって!

塔矢が子供産んだなんて話、聞いたことないし!

つーか、まだ独身じゃん!


えーとえーとえーと…

落ち着けオレ、落ち着け自分。

2009年で3歳ってことは、生まれたのは2006年のはずだよな?次は2006年の日記を広げた。


『5月4日。ついに産まれそう。結局進藤には言えなかった。怖いなぁ…一人で産むの。でも、頑張ろう。』



―――はぁ?



何でオレに言う必要があるんだ?

というか、最後の日記にもオレにアイルのことを話さないと…とか書いてたよな?

てことはこのアイルって子の父親はオレなのか?

いやいや、そんなわけないって!

だってオレ…塔矢と子供が出来るようなことした覚え…ないし。


ていうか…マジで塔矢の奴…子供いるのか…?

よし、じゃあもう仮に本当にいたとしよう!

生まれたのが2006年の5月。

なら、逆算したら作ったのは2005年の7月か8月ってことになるよな?

オレらが…18歳…かな?

でもオレその頃もちゃんと彼女いたし…塔矢と浮気した記憶もないんだけどな…。


その2005年の夏の日記を広げてみた。

7月…はそれらしき文章はない。

8月は…と、パラっとめくると、いきなり気になる文章が目に入ってきた。


『8月1日。明日から地方イベントの手伝い。進藤も一緒。でも台風が来てるみたい。新幹線…ちゃんと動くといいけど。』



――そうだ、台風だ!


この台風のせいで、確か新幹線も飛行機も全部止まっちまって、帰れなくなったんだ。

で、仕方なくもう一泊することになって、でも皆同じような状況だったから駅近くのホテルはどこも空いてなくて。

やっと見つけたのが確か狭いビジネスホテルのダブルの一室で。

しぶしぶオレと塔矢はそこで一夜を越すことになったんだ―――










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