●COLLEAGUES U 3●
3月になった。
つまり私と悠一君がデートをしなくなって二週間が経った。
もちろん、全く会わないわけじゃない。
「悠一君、おはよう」
「おはよう奈央ちゃん」
今日みたいに手合いで会う時も度々あるし、放課後に待ち合わせて駅前のカフェで駄弁ることもよくあった。
「悠一君は今日は何戦?」
「碁聖戦。豊岡四段と。奈央ちゃんは?」
「私も碁聖だよ。永山三段と」
「お互い頑張ろな」
「そうだね」
「……」
「……」
「……あの、奈央ちゃん」
「え?な、何?」
「今日一緒に帰れへん?」
「うん…いいよ。もちろん」
「よかった」
悠一君がにこりと笑う。
私の胸がキュンとときめく。
ああ…私ってやっぱり悠一君のことが好きなんだなぁ…と実感する。
体がちょっとだけ熱くなった。
「……」
デートをしてないということは、もちろん体も合わせていない私達。
もう三週間もしていない。
自分が春休みまでデート無しって言ったくせに、何を計算してるんだろう。
はしたないにも程がある。
親に泣かれる。
でも……この我慢は意味があるのだろうか。
どのみち私はもう処女じゃない。
我慢しようがしまいがそれは変わらない。
例えば今日のような手合いの日は門限も関係ない。
手合いの後……どこかで出来ないんだろうか、とか、考えてしまう自分がいた。
「「お願いします」」
永山三段との対局が始まった。
私より一年早く入段した永山三段。
18才の高校3年生。
噂によると、同い年の彼女がいるらしい。
でも彼女の方は大学に進み、永山三段は棋士生活一本になる。
会う回数はきっとガクッと減る。
永山三段は不安じゃないんだろうか?
気になって私は打ち掛けの時に聞いてみた。
「――え?不安?」
「はい…」
「まぁ不安ゼロって言ったら嘘になるけど。でも別に遠距離になるわけじゃないし。家も同じ町内だし、会おうと思えばすぐ会えるしな」
「永山さんは親には話してるんですか?彼女のこと」
「話してないけど、気付いてはいると思う。別に何も詮索されないけど…」
「家に連れて来たら?とか言われたことは?」
「無いよ、そんなの」
「そうなんですか?」
「金森さんは言われたの?」
「――え?」
「西条君連れて行かないの?」
「え?!」
どどどどうして永山さん、私と悠一君のことを知ってるの??
誰かに聞いたの??
それとももしかして他の皆にもバレバレなの??
とにかく恥ずかしくてカーッと顔が真っ赤になった。
「あー…金森さん、とりあえずお昼食べて来たら?俺も行きたいし」
「え?あ、はい…」
「さっきから視線が痛くて。俺は退散するな」
「え?」
永山三段が対局場からそそくさと出ていってしまった。
どうしたんだろう?と首を傾げていると、
「奈央ちゃん」
と背後から悠一君の声がした。
「…一緒にお昼行かへん?」
「あ、うん。行こう行こう」
「…永山三段と何話しよったん?」
「え?ううん、別にたいしたことじゃないよ」
「…ふぅん」
その後何故か無口になってしまった悠一君と一緒にお昼を取った。
(どうしたんだろう?疲れてるのかな?)
そしてまた午後からの対局が始まった。
終局したのは15時過ぎ。
負けてしまってちょっと気落ち気味に控え室に行くと、悠一君が待っていてくれた。
「お待たせ。待った…?」
「…ええよ。ほな、行こか」
「うん…」
一緒に棋院を後にした。
地下鉄で移動すること20分、着いたのは悠一君の自宅最寄り駅。
悠一君が私の手を掴んで家に引っ張っていく。
カチャ
「ただいま」
「お邪魔します…」
いつも通り階段で二階に行こうとしたら、一階奥のドアが開いてビックリする。
「悠一?帰ったん?」
現れたのはアラフィフな女性。
私と目が合って「あら」という顔をする。
「悠一、彼女?」
「あー…お袋紹介するわ。同じ棋士の金森奈央さん」
「初めまして〜悠一の母です。可愛いわねぇ」
「あ、は、初めましてっ」
と挨拶しながら慌てて頭を下げた。
「後で何か飲み物持っていくわね」
「いや、構わんといて。一局打ちたいけん」
「そう?じゃあ奈央ちゃんゆっくりしていってね〜」
「あ、は、はい…。ちょっとお邪魔します…」
もう一度ペコリと頭を下げて、私達は二階の悠一君の部屋に向かった。
そして私が部屋に入った途端、ガチャっとカギをかけられた。
「……悠一君…?」
「俺は別に親にバレても構わんよ。自分の親にも、奈央ちゃんの親にも」
「え…?」
「デート出来ん方がよっぽど辛いわ…」
悠一君が近付いてきて……ぎゅっと抱き締められる。
「もう限界…。今週末はデートしよ?春休みまでお預けや無理やし」
「悠一君…」
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