●COLLEAGUES 3●





恋人の部屋で、二人っきりで碁を打つ。

それがこんなにも緊張することだとは思わなかった。

バクバク心臓がうるさいほど鳴り響く。

指先が少しだけ震える。

また変な汗が出てきた……



「あの、金森さん」

「え?!」

「そんなに緊張せんでも、俺別に何もせんから…」

「え?」


西条君が苦笑いしてくる。


「確かに親も今大阪帰っててこの家他に誰もおらんけど、俺は純粋に金森さんとこの碁盤で対局楽しめたらそれで満足やし…」

「そ…なの?」

「うん。だから、もっとリラックスして打ってほしいな」

「……」


かあぁ…と私の顔は一気に赤くなった。

恥ずかしかった。

西条君は純粋に対局のみを私に求めていたのに。

女の私の方がそんなことばかり考えてたなんて。


そりゃ…そうか、今日って初デートだもんね。

これは大人の初デートじゃない。

デート自体が生まれて初めての、中学生同士の初デート。

普通に考えて…手を繋ぐくらいが精一杯だろう。

(あ…私達、手すら繋いでないや…)


私、なんてこと一人で妄想していたんだろう……

穴があったら入りたい……







パチッ パチッ パチッ……





対局は結局西条君の中押し勝ちで終わった。


「飲み物何か入れてくるわ」

と彼が部屋から出て行ったので、私はベッドに凭れて、頭を上に置いた。


(緊張し過ぎて疲れたな…)


そういえば、男の子の部屋なんて生まれて初めて入ったことに気付く。

私には妹しかいない。

西条君に兄弟姉妹はいるのだろうか。


部屋の隅のハンガーに、海王中の制服がかかっていた。

ここから海王中まで結構距離がある。

どうしてそんな遠くの中学を選んだんだろう。


もしかしたら……進藤君がいるからかな?

進藤君に近付きたくて同じ中学を選んだんだろうか。

それなら同じ碁打ちとして納得出来る。

進藤佐為の存在は昔から棋士の間で、棋士を目指す人の間でも…特別だからだ。


私も一度でいいから対局してみたい。

そしてボロ負けしてみたい。

圧倒的差で敗れてみたい。

ふふ……私ってマゾみたい。




「お待たせ」

と西条君が帰って来た。

コーヒーを入れてきてくれたらしい。

「ありがとう」とカップを受けとる。

一口飲んで、私は今日の対局を西条君に謝った。


「何かごめんね…せっかくの対局だったのに、私全然集中してなくて…」

「え…?」

「二人きりだから…変な想像しちゃってた。ごめんね、初デートでさすがにそれは無いよね」

「……」

「そもそも西条君まだ中1だし、あんまり興味ないよね。碁を打つ方がよっぽど楽しい年頃だよね…」

「……」

「ごめんね……本当に」

「――あの」

「え…?」

「金森さん…俺が中1やからって馬鹿にしてるんですか?」




―――え?




え?

ええ?

気付いた時には私は唇を塞がれていた。


「――……ん……っ…」


しかも軽いキスじゃない。

恋人同士がその気になった時にする、深い大人のキスだ。

侵入してきた舌が私のものと絡められて貪られて…訳が分からなくなる。




「……はぁ……はぁ…」


糸をひいて離れる唇。

目を再び開けると、そこにはさっきまでとは雰囲気の違う彼がいた。


「中1やから変な気は起こさんて思ってるんだったら、大間違いですよ」

「え…?……ぁ…っ」


首筋にキスされる。

啄まれて、痛みが走る。

痕を付けられたんだと理解した。


「西条…君…?」

「俺…ホンマは襲う気満々ですよ?」

「え…?」

「だって、今日の金森さんめっちゃ可愛いし…」

「……」

「初デートやし、我慢しよ思てたけど……もうやめます」







――え――







体重をかけられて、私の体は一気に床に押し付けられた。

手首を掴まれて、上から見下ろされて、初めての態勢に私の顔はまたしても真っ赤になる。

もちろん西条君の顔も真っ赤だ。


怒ってるの?

わたしが中1だからって馬鹿にしたから?

もちろん馬鹿にしたつもりはないのだけど、彼にはそう聞こえたらしい。


どうしよう。

どうしようどうしようどうしよう。


我慢するのをやめるって、それってやっぱり、今からするってこと――??



「――……ん……」



もう一度顔が近付いてきて、再びキスされた。

今度は優しいキスだった。

心地いい…ちょっとだけさっき飲んだコーヒーの味のキス。

うっとりとなる。


でも彼の口が私の口から離れて、再び首筋に移動した時には、そんなうっとりとした夢見心地な気分はどこかに吹っ飛んだ。

一気に怖くなって、顔が引きつる。



「…金森さん」


西条君が私の顔を覗いてくる。


「俺…今ならまだやめれますけど、どうします…?」

「え…?」

「嫌なら今すぐ言って下さい」



嫌なら…?










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