●COLLEAGUES 2●
西条君との初デートの日がやってきた。
待ち合わせ場所は結局上野駅になった。
ということは動物園に行くのかな?
ドキドキしながら待ち合わせ時間10分前に公園口に着いた。
待つこと5分。
緊張で変な汗が出始めた頃、「金森さん」と呼ばれて私は顔を上げた。
「おはようございます」と、関西訛りで挨拶される。
「おはようございます…西条君」
「待ちました?」
「い、いえ……全然」
「ほな、行きます?」
「は、はい…」
西条君と並んで歩き始める。
ど、どうしよう……
リードなんて絶対無理だ。
だって西条君、私なんかより何か全然落ち着いてるし、余裕あるし。
これじゃあどっちが年上なのか分からない。
「あの、西条君は上野動物園初めて…?」
「そやね。金森さんは?」
「私は……小学校の遠足以来かな」
「へー」
「大阪では動物園とかよく行ってたの…?」
「まさか」
西条君が笑ってくる。
「土日もずっと囲碁漬けやったしね」
「あ…そうか。そうだよね…」
西条君は小6でプロになっている。
プロなんてそう簡単になれるものではないことぐらい、私が一番よく分かっている。
きっと小さい頃からずっと囲碁漬けだったんだろうな。
私もだけど……
「動物園終わったら一局打ちません?」
「うん、そうだね」
その方が私達らしいよね。
久々の動物園は予想以上に楽しかった。
普段見る機会のない動物をたくさん見れたし、エサやり体験とかもして。
何より西条君がずっと笑顔で隣にいてくれたから、幸せな気分になれた。
棋院で見かける彼はいつも真剣な顔をしてるから、そのギャップが堪らなかった。
はぁ…私って本当に西条君のこと好きなんだなぁ…。
「そろそろお昼食べます?」
「あ…そうだね」
2時間くらい回って、私達は動物園を後にした。
駅にまで戻ってきて、適当にイタリアンのお店に入った。
注文し終わった頃、彼の携帯が震える。
「お、進藤からメール…」
「――!」
もちろん私の耳は聞き逃さない。
進藤?
今、進藤って言いました?
「西条君て……進藤君と知り合い?」
「うん、同じクラス。よく放課後一緒に打ってる」
「え、そうなんだ?」
「アイツめっちゃ強いから。打てば打った分だけ勉強になるしな」
「へー…やっぱり噂通りの棋力なんだね」
「うん。俺ほとんど勝ったことないわ」
「え、そんなに?三段の西条君が?」
「うん。昨日の新初段シリーズも緒方先生に勝って、娘さんちゃっかりゲットしてもたけんなアイツ」
ホンマ昨日は盛り上がったわ〜と思い出し笑いをしている。
「娘さんて…緒方精菜ちゃんのことだよね?プロ試験一緒に受かった。進藤君と付き合ってるとかいう噂、本当だったんだ?」
「みたいやね。もう親も公認みたいやし」
「へぇ…すごいねぇ」
「そやね」
メールを返信し終えた彼が、また私の方に視線を向けてきた。
「お昼終わったら、一局打ちます?」
「あ…そうだね。どこか碁会所入る?」
「それでもいいけど、良かったらウチ来ません?」
「え?」
「自分の碁盤で金森さんと打ってみたいな〜なんて」
「そう?じゃあ…お邪魔しようかな」
ランチを食べながら囲碁について語り合った。
やっぱり同じ棋士だから、一番話が盛り上がる。
ちなみに西条君の碁盤は入段祝いに両親に買って貰った宝物らしい。
もし同じ棋士の恋人が出来たら、絶対にその碁盤で一緒に打ってみたいと前から思っていたらしい。
恋人……そう、私はもう西条君の恋人なんだ。
まだ慣れなくて恥ずかしいけど、すごく嬉しい響きだ。
ちなみに西条君の自宅は目黒だった。
意外と近くに住んでいて驚いた。
だって私の家の最寄り駅はたったの2駅先だから。
(行き来しやすいかも…)
「どうぞ?」
「お、お邪魔しますー…」
ごく一般的な二階建ての西条君のおうち。
でも他に誰かいる気配はない。
日曜だけどご両親は留守なのだろうか?
何だか一気に緊張してきた。
遙ちゃんのセリフが頭の中で反響する。
――もしかしたら初デートでいきなりしちゃう可能性だってあるかもよ?――
どどどどどうしよう……
「金森さん?」
「は、はいっ!」
「ニギってもいい?」
「な、何を?」
「え…碁石?」
ぐるぐる考えてるうちに、いつの間にか私は碁盤の前に座っていたらしい。
「あ、ごめん。ど、どうぞ?」
私も緊張しながら碁石を2つ、碁盤の上に置いた。
そして一緒に頭を下げた。
「「お願いします」」
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