●COLD U 1●
「……ん……」
「塔矢?起きた?大丈夫か?」
「……進藤?」
季節の変わり目はいつもそう。
僕は体調を崩す。
今回は特に長引いていて、もう何日も前から咳と頭痛と目眩と吐き気と寒気が………というか、進藤?
「な…んでキミがここに…」
「……佐菜が電話してきた。お母さんが死んじゃうって…」
「大袈裟な…。単なる風邪だ。帰ってくれ…」
「…ちゃんと病院行ったのか?」
「ああ。寝てれば治るから…帰ってくれ」
「メシは?何なら食べれる?」
「いらないから、とっとと帰ってくれ!キミの顔なんて見たくないっ!」
ああ…喉まで痛くなってきた。
病人に叫ばさないでくれ。
僕は進藤に背を向けて、布団を頭まで被った。
「…帰ってほしいなら、早くよくなれよな。子供が泣くほど心配かけさすんじゃねーよ」
「……うるさい」
進藤が僕の部屋から出て行った。
でも帰る気はないらしく、リビングで娘とはしゃぎ出す声が聞こえる。
彼に手助けされるなんて屈辱でも何でもないのに……なぜかホッとしてる自分がいた。
少なくとも…これで幼い娘の食事の心配はないだろう。
僕は目を閉じて、再び眠りにつくことにした―――
『出来たみたいなんだ…』
『マジで?!』
僕と進藤は18歳の時に、いわゆる出来ちゃった婚をした。
18歳でも社会に出てもう4、5年。
二人で新しい家庭を築くのには何の問題もなかった。
事実、僕は幸せだった。
大好きな人と、その人の子供―――毎日が楽しくて満ち足りていて仕方がなかった。
忘れもしない一年前の年末……彼が外泊するまでは―――
『……今、どこ?』
『ん…アキラ?どこって……どこだここ?うわっ!誰だオマエ?!』
『………』
子供用の携帯を買った時、GPSの機能も付けてもらった。
僕らの携帯から、子供の位置がすぐ分かるようにと。
その時彼が調子にのって、「じゃあオレらもお互いの場所が分かるように♪」と、僕の携帯から彼の居場所も分かるようにした。
出来れば一生使いたくなかった機能だった。
『……今、どこ?』なんて本当は聞くまでもない。
彼の居場所は携帯がハッキリと示してくれてるんだから―――繁華街のラブホテルだって。
『す、すぐ帰るから――』
彼が最後まで言い終わらないうちに、僕は通話を切り、ついでに電源も切り、娘を連れて出ていった。
それから数日後だ、離婚したのは。
緒方さんは「一回ぐらい許してやれ」とか言っていたけど、あの時の僕は聞く耳を持たなかった。
でもあれから一年経って、冷静になった今となっては………少し後悔している。
進藤のことは今でももちろん許せない。
でも、子供の気持ちを考えたら……
父親のことが大好きな娘から、僕は父親を取り上げてしまった。
おまけに体調を崩して、幼い子供を泣かせるほどに心配かけて…。
母親失格だ。
いや、一人で育てるのが正直もう限界なのかもしれない……
「塔矢、雑炊作ったけど食べるか?」
「……ん……」
目を覚ますと、再び進藤がいた。
「今…何時…?」
「夜の10時」
「…佐菜は?」
「もう寝た。ちゃんと夕飯食べさせて風呂にも入れたから心配すんな」
「……あ…」
ありがとう…、が、言いたいのに素直に言えない…。
黙っていると、進藤がレンゲを僕の口元に持ってきた。
「ほら、早く良くなりたいなら少しでも食べろ」
「……うん」
あーん、と食べさせられる。
二口目からは自分で食べた。
温かくてすごく美味しい…。
「…今日、泊まっていくからな」
「え…?」
「心配するな、明日佐菜の朝メシ作って学校に送り出したら…帰るから」
「……」
コクンと頷いて返事をした。
作ってくれた雑炊を半分だけ食べた後、僕は再び横になった。
ガチャガチャと洗い物をする音が聞こえる。
結婚してた時もそうだったね。
洗い物はほとんど全部彼がやってくれていた。
お風呂掃除も、トイレ掃除も、ゴミ出しも。
僕が遠征でいない時は…炊事洗濯も全部。
子育てだって、当たり前のように自ら進んで。
思い返せば思い返すほど……彼はいい夫でいい父親だった。
――でも、そんな人でも浮気はするんだ。
男だから…?
「…塔矢、寝た?」
「……」
洗い物を終えた進藤が、再び僕の部屋に戻ってきた。
目を閉じてタヌキ寝入りをする。
彼の大きな手が…僕の額に触れた。
「熱…やっぱまだあるみたいだな」
さっきまで洗い物をしていたからなのか。
異様に冷たい手が気持ちいい。
でもその手が…瞼、頬、口へと移動していった。
唇を指でなぞられる。
あ…離れた、と思った次の瞬間―――温かいものが僕の口をふさいだ。
「――…んん…」
驚いて目を開けると、彼の顔がドアップに。
押し退けようとしたら、その腕を掴まれた。
「…アキラ……」
熱を持った彼の目。
今にも襲ってきそうな目。
キスだけでは飽き足らないのか、ベッドに上がって僕の体に跨がってきた。
「…何をする気だ…」
「…なにして欲しい?」
「…ふざけるな…」
「ふざけてねーよ。好きな女が無防備に寝てんだもん。我慢出来るわけないだろ?」
「…病人を襲う気か?」
「じゃあオレに風邪移して?」
もう一度、キスされた。
布団の中に入ってきて、僕の体と密着させる。
もう既に変化している彼の下半身に嫌でも気付いた。
「は…アキラ…、好きだ…」
「……好きならどうして浮気したんだ…」
「何度も言っただろ?気付いたら朝で、あんな所にいたんだ。オレだって信じられねーよ!」
「記憶がなくなるまで飲むのが悪い」
「……ごめん」
彼の手が…僕の胸に触れてきた。
優しく、でもどこか余裕のない触り方。
「…女の人に触るの、何日ぶり?」
意地悪な質問に、彼は真っ赤な顔して怒ってきた。
「一年ぶりに決まってんだろ…」
「ふぅん…あの晩の人が最後なんだ」
「だから覚えてないんだって!何も!オレが覚えてるのは…あの前の晩に抱いたオマエの肌だけだよ…」
「…ふぅん」
「オレ…初めっからずっとオマエだけだし、オマエしか知らないし、知りたくもないし、知るつもりもない。本当にアキラだけなんだ」
「…アキラなんて呼ばないでくれ」
「オマエもヒカルって呼べよ!」
掴まれていた腕の力が強くなる。
再び落ちてきた唇に、角度を変えて何度もキスされる。
「んん…っ―」
風邪で寝込んでるところを襲うなんて…こんなのただのDVだ。
いや、もう夫婦じゃないから意味が違う?
いや、そもそもそんなに嫌じゃない気がするのはなぜだろう…。
僕も一年ぶりだから人肌に飢えてたのだろうか……
「…ぁ…っ…」
彼に胸を触られて、揉まれる。
いつの間にかパジャマのボタンを外されて…直に。
口でも愛撫される。
「…は…っ、…い…」
「気持ちいい?」
「…ん…」
「こっちは?いい?」
「ん…、…ぁ…」
僕の体を知り尽くしてる彼だから、感じる場所ばかり意地悪く弄ってくる。
この状況で濡れるなんてありえないのに、勝手に潤ってきてる。
僕の感度に気をよくした進藤が、嬉しそうに下半身にも手を伸ばしてきた。
奥まで指で出し入れされると、次第に変な感覚になってくる。
絶対に許せないのに…求めてしまうなんて――
「アキラ…いい?」
「ん…」
微かに返事をすると、彼のものが一気に奥まで入ってきた。
我慢出来ないみたいに最初からガンガン突かれる。
「あ…っ、や…っ、だめ…っ、あ…ぁ…っ」
ベッドがギシギシ鳴りすぎて、隣の部屋で寝ている娘に気付かれるんじゃないかってぐらいに、とにかく激しい。
「ヒカ…ル…、ちょっ…と…落ち着い…て」
「無理、ごめん。アキラ…、好きだアキラ…」
「んん…―」
体を動かしながら、唇も貪られる。
たまに離れた彼の口から出るのは、僕の名前と僕への愛の囁きばかり。
アキラ。
アキラアキラアキラ。
好きだ。
好きだ好きだ好きだ。
上り詰めるまで何度も繰り返されて、つい僕も――と同意してしまいそうになる。
でも、絶対に口には出さない。
口から出るのは正反対の台詞。
「キミなんか…大嫌い…だ…」
「アキラぁ…」
それでも体は欲のままに上り詰める。
ドクンと体が硬直して…頭が真っ白になった。
進藤もほぼ同時だったのだろう。
僕の中で彼のものが弾けるのが分かった。
「はぁ…はぁ…」
「アキラ…好きだ…」
「まだ言うか…」
「だって、今言わないといつ言うんだよ…」
「言わなくていい。キミとは一年前に終わってるんだから」
「オレは認めてないからな。例え何年かかっても、絶対にオマエと寄りを戻すからな!」
「………」
寄りを戻す――そんな選択肢を、僕は一体何年経てば素直に選ぶことが出来るのだろう……
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