●COFFEE 2●
門下の研究会の休憩時間。
砂糖も入れてないのにコーヒーをひたすらスプーンで混ぜていると、
「進藤君って猫舌だった?」
と前に座っていた京田さんが聞いてきた。
「いえ……違います」
「ふーん……何か進藤君、今日ちょっといつもより覇気がないね。大丈夫?」
「……すみません。ちょっと寝不足で…」
そう返すと京田さんが途端にコーヒーで噎せていた。
無理もないと思う。
一週間前に結婚したばかりの僕が寝不足と言ったら理由は一つしかないからだ。
「そ、そうなんだ…。まぁ程々にね…」
「……」
程々――それが僕にはよく分からなかった。
この一週間、とりあえず独身の時と同じように精菜を抱き続けてみた。
僕的には最高だと思った。
今までは週に一回とか、酷い時は月に数回しか叶わなかった逢瀬が毎日可能になったのだ。
愛する奥様を愛でて愛でて愛でまくれるのだ。
――だけど
この一週間でその奥様が明らかに疲れてきてるのだ。
心なしか少し痩せたようにも見える。
無理をさせてしまったのだろうか?
独身の時は精菜もこのくらいの回数何ともなかった気がするのに……
「……京田さんは、彩とどのくらいシてるんですか?」
そう真顔で質問すると、またしても彼は噎せていた。
和室にいるお父さんの方をチラッと見て、こっそり小声で聞いてくる。
「えー…っと、それは頻度が?それとも一度の回数?もしくは一回の時間?」
「どれも気になりますけど……一番知りたいのは回数ですね。彩が泊まった時は一晩で何回くらいしてるんですか?」
「うーん……毎回違うけど、平均したら4回くらいかなぁ?」
「やっぱりそんなもんですよね…」
「うん…」
じゃあ何故精菜はあんなに疲れているんだろう。
もちろん僕だって寝不足で少しはダルいけど、疲れてはいない。
今からだってしようと思えばきっと複数回普通に出来るだろう。
「じゃあ頻度はどうなんですか?相変わらず彩は毎日京田さんちに押しかけてるんですか?」
「うん、来るね。でももう彩ちゃんが来るのが普通になっちゃってるから、逆に来ない日があったらちょっと心配になるというか…」
「そうなんですね…。で、当然毎回してるんですよね?」
「……してるねぇ」
「ですよね」
僕は頷いた。
やはり京田さんと彩もそんなものらしい。
となると精菜が疲れているのは彼女の体力の問題なんだろうか…?
「何?進藤君、緒方さんとの夫婦生活でちょっと気になることでもあるの?」
「まぁ……そうですね。精菜がちょっと疲れてるような気がして…」
「実際疲れてるんじゃない?結婚してまだ数日だし、主婦業に慣れないことも多いだろうし」
「そうですね…」
「新婚だから連日したい気持ちも分からなくもないけど、睡眠時間は大事だと思うよ。やっぱり寝ないと疲れ取れないし」
「……でも京田さんと彩は別に疲れてませんよね?」
「だって俺らは一緒に住んでないから。夜はちゃんと寝れてるからね。彩ちゃんが泊まることなんて誕生日かクリスマスかバレンタインか……イベントの時だけだし」
「あ……そうか」
二人とは根本的に違うことに気が付いた。
つまり彩と京田さんは毎日のようにしてるけど、それは昼間なんだ。
夜はちゃんと寝ている。
確かに彩が泊まった時は夜も平均4回くらいするけど、それは年に数回しかない――と。
「じゃあ僕も昼間にしようかな…」
「はは…」
でも夜は夜で、一緒に寝てるのに我慢出来るだろうか?
やっぱり寝室を分けるべきだったのだろうか?
考えが纏まらないまま研究会が再開する時間になってしまって、僕は慌ててコーヒーを飲み干す。
混ぜすぎてほぼアイスコーヒーになっていたのは言うまでもない。
「ただいま」
夕方、家に帰ると「あ、お帰りなさい」と精菜が笑顔で出迎えてくれた。
結婚して良かったと僕が実感する瞬間の一つだ。
「ご飯もうすぐ出来るから」
「うん…」
可愛い新妻のエプロン姿にグラッとしたけど、ここは我慢することにする。
とりあえず僕は夕飯が出来るまで、今日発売の週刊碁でも読んでようとリビングのソファーに座る。
もちろん、ほぼ内容なんて頭に入って来ないけど……
京田さんと話してみて、夜はちゃんと寝るべきだという結論には達した。
夫婦の営みは昼間にすればいい。
でも、それじゃあ今日みたいな日はどうすればいいのだろう?
既に6時を回っていて、昼は終了している時刻だ。
ちなみに京田さんと彩はこういう日はしないらしい。
対局の日、研究会の日、その他諸々用事がある日は基本体は合わせないらしい。
(じゃあ僕も見習ってみるか?いや、でもそれじゃあほとんど出来ないじゃないか……)
この一週間は入籍直後ということもあってスケジュールを調整して貰っていたが、明日からは容赦ない過密日程となっている。
日中はまずほぼいない。
(じゃあやっぱり夜しか……でも睡眠も大事だし……うーん)
とりあえず、今夜は疲れている精菜の為にも、ちゃんと眠れる環境を作ってあげよう。
僕だって一日くらいなら我慢出来る(はず)。
「佐為、出来たよ〜」
「あ、うん」
僕と精菜は向かい合って「「いただきます」」と夕飯を食べ始めた。
はぁ……精菜をいただきたい……
NEXT(精菜視点)