●CHRISTMAS 3●
10日後――名人戦第5局が箱根の老舗旅館で開幕した。
有言実行通り、私はこの10日間一度も京田さんの部屋を訪れなか
研究会で彼がウチに来た時は、わざと用事を作って終日外出してや
でも前夜祭の中継を見ながら
(失敗したかな…)
と心底後悔してる自分がいた。
映像に映る彼は全くのいつも通り。
知的でカッコよくて、お兄ちゃんと並んでも私の目には全く見劣り
相変わらずファンの女の子が大勢駆けつけていて、写真を撮られま
(司会のアナウンサー、綺麗な人だなぁ…)
(花束を渡してる旅館の仲居さんも可愛い…)
自分で避けておきながら、京田さんが他の女の子に目移りしないか
ただでさえ、10日もエッチしてないのだ。
溜まってないのだろうか。
それとも一人で出したのだろうか。
もしそうなら一体何を見て、何を想像して抜いていたんだろう。
私だったらいいな…と思いながらも、もし他で発散してたらど
京田さんに限ってそんなことはないと思うけど……
対局者が意気込みを語った後、前夜祭の中継はそこで終わってしま
対局者は不正防止の為に明日の朝には携帯を回収される。
その前に見てもらう為に、私は『頑張って』とメッセージを送った
ちょうど彼も携帯を触っていたのか、すぐに既読になり、そして――
♪〜♪〜〜♪〜
思わぬ着信に私は慌てて出た。
「も、もしもし……」
声が裏返る。
緊張で震える。
『彩ちゃん?』
「うん…」
『メッセージありがとう』
「あ……ううん。頑張って…本当に」
『…うん。でも、勝ったらまた更に10日……彩ちゃんに会
「あ……」
しまった、と思った。
名人戦が終わったらまた来ると言ってしまった私。
今1勝3敗だから、勝てば勝つほど会えなくなるのだ。
反対に敗けたらすぐ会える。
頑張ってのメッセージは、言い換えれば自分に会いに来ないでと言
「違うの!そんなつもりじゃなくて…っ」
『うん、分かってる。でも――』
――そろそろ限界かも――
――彩ちゃんに会えなくて気が狂いそうだった――
――早く会って抱きしめたい――
「え……」
そんなストレートに想いをぶつけられたのは初めてかもしれない。
私の顔は一気に赤面した。
『色々不安にさせてゴメンな。この10日で俺も考えが纏まったか
「え…?」
『クリスマス、一緒に過ごそうか』
あのホテルで――
え?
え?
ええ?
「きょ、京田さん、あのチラシ捨てなかったの?!」
『え?捨てるわけないよ。彩ちゃん泊まりたいからわざわざリビン
「ち……違わないです!」
夢かと思った。
耳を疑った。
あの外泊嫌いな京田さんが、私とクリスマスを過ごす為にホテルを
チラシを置き忘れた過去の自分にグッジョブだ。
「ありがとう京田さん!楽しみにしてるね♪」
『うん…、でも、その、流石にクリスマスまでお預けは無理とい
京田さんが歯切れ悪く続ける。
電話越しなのに彼の赤面具合が想像できた。
『本当に限界なんだ…。明々後日、部屋に来てもらってもいい?
切実な声が私の胸をキュンとさせた。
京田さんに求められてる――それだけで泣きそうになるくらい嬉し
「うん…、もちろん。待ってるね」
もう一度、明日からの激励の言葉を伝えて、私達は通話を終えた。
第5局も京田さんが勝利し、これで2勝3敗となった。
対局の翌日、私は朝からソワソワしながら彼の到着を待った。
昼ぐらいには来てくれるだろうか?と油断してると、
『もうすぐ着くよ』
と9時にLINEが来て驚く。
慌てて私は玄関の扉を開けた。
「彩ちゃん…!!」
ほんの30メートル先に彼の姿を見つけて私は走り出した。
京田さんも駆け寄ってくれる。
まだスーツ姿で、スーツケースを転がしてる彼はきっと家に帰るよ
「お帰りなさい!おめでとう!」
「ただいま、ありがとう。会いたかった――」
そう言って抱き締めてくる彼は、今までとは別人のよう。
「――…ん……」
こんな朝っぱらから。
住宅街の真ん中で、私と京田さんは熱いキスを交わした――
***************
「いらっしゃいませ」
待ちに待ったクリスマスイブ。
私と京田さんは例のホテルのレストランにやってきた。
フレンチのディナーだから、もちろん京田さんはスーツで、私もワ
クリスマス限定のメニューは予め決まっていて、飲み物もシャンパ
あんまりこういうレストランに縁がない私はドギマギしてしまう。
京田さんは意外と慣れてるのか、スタッフとのやり取りも流暢だ。
「誰かと来たことあるの…?」
と勘繰ってしまう。
「え?ああ…、まぁ…家族とね」
「ふうん…」
京田さんの家族。
私は二度、彼のお母さんには会ったことがある。
一度目はプロ試験の時にお兄ちゃんと精菜と家を訪ねた時に。
二度目は長野の大盤解説会で、偶然隣の席になって。
でも……それだけだ。
恋人になってから5年半も経つけど、一向に紹介してくれない。
今どきはそんなものなんだろうか……
彼氏が実家暮らしならまた話は違うんだろうけど……
シュンと落ち込む私を見てか、京田さんが
「今度会ってくれる…?」
と遠慮気味に聞いてきた。
「別にいいけど…」
「彩ちゃんをちゃんと紹介したいんだ。彼女としてではなく」
――結婚相手として――
そう言われて「へ?」と思わず声が裏返った。
コトンと目の前に小箱が置かれる。
パカッと開かれたその中身はもちろん、クリスマスプレゼントでは
「…彩ちゃん」
「は、はい…」
「俺と――結婚してくれませんか?」
「――――」
勝手に涙が溢れてくる。
ずっとずっとずっと、この半年……ううん、京田さんと付き合い始
夢にまで見た台詞。
もう半分諦めかけてた台詞だ。
「もう…、遅いよ…、待ちくたびれたよ……」
「ごめん……」
左手薬指に京田さんがそれをはめてくれる。
レストランの照明の光でより一層光り輝くダイヤモンド。
「ありがとう。一生大事にするね…」
「俺も彩ちゃんを一生大事にするから」
付き合い始めて、初めて結ばてた時――京田さんは私に同じ台詞を
『彩ちゃんのこと、一生大事にするから…』
この5年半、本当に大事にしてくれたと思う。
大事にしすぎてもっと強引でもいいのにと思ったことも多々あるけ
この人を好きになれて本当によかったと思う。
好きになってもらえて本当によかったと思う。
「ふふ…、早く部屋に行きたいね」
早くキスしまくりたい。
早く体中で愛し合いたい。
きっと今までで一番ステキな夜が待ってるだろうから――