CHRISTMAS 2●





名人戦挑戦手合・第4局、2日目。

9時に封じ手が開封され、対局が再開した。

中継されているお父さんの解説を聞きながら、私はひたすら見守っていた。


京田さんがタイトル戦に登場するのはこれが3回目だ。

初めてのタイトル戦は4年前、彼が21歳の時の十段戦だった。

十段だからもちろん相手は今回と同じお兄ちゃんだ。

結果は03敗のストレート負け。

二度目は2年前の碁聖戦――相手は窪田先生だった。

この時もストレート負け。

一度も勝てなかった。

お兄ちゃんと窪田先生の異次元の強さを改めて思い知らされた気がした。


そして今回が3回目の挑戦。

またしても今まで全敗している京田さん。

貴重な一勝を今日モノにしてほしいと思う。

今のところ京田さんがわずかにリードしている。

この流れのまま行ってほしい……


「京田さん…頑張って」


 


名人戦は持ち時間8時間。

たいていは夜18時頃には終局する。

でも今日は20時になっても対局は続いていた。

お互いとっくの昔に持ち時間を使い果たして1分碁になっている。

200
手も超えて盤面は石で埋め尽くされ、最後のヨセ勝負に突入していた。

両者とも最強手を連発し、スリル満点過ぎて私はもう見ていられなかった。

でも、最後まで見守り続けた。


そして223手目を京田さんが放った後――お兄ちゃんが「負けました」と頭を下げた。

私はぐったりとソファーに倒れこむ。


(
勝てた……本当に勝っちゃった……!)


もちろんすぐにお祝い電話をしたいのは山々だけど、京田さんもお兄ちゃんもすぐにインタビューに入っちゃったし、その後は感想戦もある。

更に打ち上げもあるだろうから、彼がゆっくり携帯に触れるのはまだまだ先だろう。

だから私はひとまずLINEに『おめでとう!』の色んなスタンプ20個ほど送っておいた。


そして日付も変わろうかという時刻になってから、京田さんから

『彩ちゃん多すぎ』

というツッコミの電話があった。


「だってだって…嬉しかったんだもん。おめでとう京田さん…」

『ありがとう。まぁ首の皮が一枚繋がっただけだけどな…』

「来週も頑張って」

『うん…』

 

 


もちろん、翌日昼すぎに帰宅した彼にも、改めて直接お祝いする。

「おめでとう京田さん!!」

とぎゅっと抱き付いた。

「ありがとう…彩ちゃん」

お祝いのキスもして、もちろんそのまま直ぐ様ベッドに移動してお祝いのエッチもした。



付き合ってもう5年半の私達。

精菜にぼやいたとおり、エッチの回数は年々減って来ている。

今は週に1回とか、多くて2回だ。

京田さんへの愛は全く減ってないはずなのに…どうしてなんだろう


「彩ちゃん…どうかした?」

私が不満そうな顔をしていると、彼が首を傾げてきた。

「…ううん。エッチしたの一週間ぶりだなぁって…思って」

「そうだな…」

「その前も確か一週間くらい開いてたなぁって…」

「……」

「付き合いたての頃は会う度にしてたのにね…」

「確かに。何?不満なの?」

「……ちょっとね」

「…じゃ、とりあえずもう一回しておく?」


京田さんが再び私の上に乗ってきた。

首筋を吸われて、痕を付けられる。


「きょ、京田さん…?本当にもう一回するの…?」

「…彩ちゃん、俺は昔と変わってないよ。いつだって彩ちゃんのこと抱きたいと思ってるし、彩ちゃんが家に来る度に期待もしてる」

「え…?そうなの…?」

「変わったのは彩ちゃんだよ」

「……」


そう言われて、私は否定出来なかった。

確かに今の私は昔みたいに「しようしよう」と京田さんに纏わりついたりしない。

落ち着いたというか、まるで繁殖期を終えた動物のような感じ。

特にここ半年くらいは………明らかにする気分にならない自分がいた。

何でなんだろう……


「彩ちゃん…」

再び鎖骨にキスしてくる京田さんを引き離すかのように、私は彼の肩を押した。


「……ごめん、京田さん。私そろそろ帰らなきゃ…」

「え?」


夕飯の時間もまだまだ先なのに、私は急いでベッドを降りた。

床に落とされた服を再び装着し出す。

京田さんはそんな私の明らかに変な様子を黙って見ていた。


「じゃ、また来るね…」

寝室を出ようとすると、ベッドから降りてきた彼に腕を掴まれる。


「…俺、何かした?」

「……何も」

「本当に?」

「……うん。京田さんは何もしてないよ…」


何もしてない。

何もしてくれない。

プロポーズしてくれない。

いつまで経っても、こんなにも私が結婚したがってるのを知ってるくせに。

もしかしたら、その怒りが知らず知らずの間に態度に出てたのかもしれない。

プロポーズの一つもしてくれないのに、私を気安く抱けると思わないでよね――と。


「……名人戦が終わったら、また来るね」

「え?」

「私がいたら、京田さん勉強に集中出来ないでしょ?」

「そんなことないけど…」

「京田さんの邪魔はしたくないの」

「邪魔なわけないだろ?」

「邪魔だよ。だって私が来たら期待しちゃうんでしょ?」

「それは……確かにそうだけど」

「また期待裏切っちゃうかもしれないし」

「……」


掴まれてる腕を強引に引き離して、私はバタバタと逃げるように彼の部屋を後にした。

とぼとぼと駐車場まで向かう途中で、嫌悪感に苛まれる。


私のバカ……

何であんな態度取っちゃったんだろ……後味悪過ぎじゃん……

これじゃあ京田さん…返って私のことが気になって勉強に身が入らないかもしれない……



「――あ、やば…チラシ置いて来ちゃった」


昨日スイーツバイキングに行った時に、ホテルで貰ったクリスマスプランのチラシ。

うっかり京田さんちのリビングに置いて来てしまったことを今頃思い出した。

見られたらどうしようと思うのに、でも例え見られても関係ないか…と諦めてる自分もいた。

京田さんから外でのお泊りデートなんて、この5年半で一度も誘われたことがないからだ。

お兄ちゃんや精菜達とのグループ旅行で泊まることはもちろんあっても、二人っきりは皆無。

ラブホですら私が引っ張って行く始末だ。


それもこれも全部

「やっぱお父さんに遠慮してるんだろうな…」

と思う。


何で私は師匠の娘なんだろう。

でも京田さんはお父さんを崇拝してるから、だから私に興味を持ってくれたことも事実なのだ。

私がお父さんの娘じゃなかったら、きっと見向きもしてくれなかった。

師匠の娘で果たしてよかったのか悪かったのか、考えれば考えるほど分からなくなる。



「京田さんの…バカ…」

 

 

 

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