●TIME LIMIT〜千明編〜 5●
「おはよ…」
「………うん。おはよう…」
初めて彼氏の部屋で迎えた朝は……ちょっと緊張した。
まだ裸のままの体。
一ノ瀬がコーヒーを入れてベッドに帰ってきたので、シーツで体を隠してマグを受けとった。
あ……胸元にキスマーク付けられてる。
「着替えたらどこかに出かけるか?」
「うん…いいよ。天神以外ならどこでも」
「はは、大丈夫だって」
「…だといいけど」
福岡に来るのは中学の修学旅行以来だったから、観光も少し楽しみだった。
でも、今回はガイドブックに乗ってるような観光スポットではなくて、彼がよく行くお気に入りのお店とか、大学の子に教えてもらったという人気のお店に連れて行ってもらった。
もちろん念のために少し変装もした。
でも、美鈴に借りたこっちの大人しめのウイッグ……付けると何だかお母さんにそっくり。
何で私…こんなにお母さんに似てるんだろう。
弟と妹はお父さん似なのに。
「ロングヘアーの進藤も何かいいな」
「そう?じゃあもっと髪伸ばそうかな」
「どっちでもいいよ」
アクセサリーのショップにも立ち寄った。
ちょっと太めのファッションリングを買ってくれた。
「指輪なんて初めて♪ありがとう」
「えっと…でも、ちゃんとしたのはまた今度贈るから。これで進藤のサイズも分かったし」
「これでいいよ。指輪買う余裕があるなら、もっと私に会いに来て」
「うん…行くな。出来るだけ早く…」
「……」
一泊二日の滞在はあっという間。
今日の夜には東京に戻らないといけない。
しかも飛行機だと早めに空港に行かなくちゃならない。
もう3時だ。
あと何時間一緒にいられるんだろう…。
次に会えるのはいつなんだろう……
「進藤…」
寂しくて少し泣き顔になった私に、一ノ瀬が安心さすように…優しいキスをしてくれた――
♪〜♪〜〜♪〜〜♪〜
「…ん、進藤…携帯鳴ってる」
「……いい。この着信音…お父さんだから」
「なら絶対出ないと…」
「………」
もう!
いいところなのに!何なのよ!
ピッ
「はい?何?」
『あ…千明か?』
「何?」
『お前さ、今どこにいる?』
え……?
「どこって……別に。ちょっと、外出中」
『東京?』
「あ…当たり前でしょっ」
『だよなぁ?なら別にいいんだけど』
「……」
『いや…なんかさ、こっちでアキラを見たとか変なこと言う人がいてさ。でも家に電話したら普通にアキラが出たし…。もしかして千明?って思ったんだよ。でもよく考えたらお前らそこまで似てないし、髪型もロングだったって言ってたし、やっぱ他人の空似だよな。ごめんな。じゃあな』
ツーツーと切れた携帯を握りしめて茫然としてしまった。
どうしよう……
バレた……?
「進藤、お父さん何て?」
「……お母さんにそっくりな人…こっちで見たって…」
「は?」
「今の私…お母さんにそっくりなの」
付けていたウイッグを強引に引っ張って外した。
最悪……こんなことになるなら、これ付けるんじゃなかった…。
そうだよ…お父さんにだけに見つからなかったら大丈夫なんじゃないんだ。
タイトル戦ってことは、同時に今は大勢の囲碁関係者がこっちに来てるってことだ。
お母さんの格好なんかしてたら、返って見つかる確率を上げてるようなものだ。
最悪……
「だ、大丈夫だって。他人の空似だよなって、お父さんも言ってたんだろ?」
「うん…そうだけど……」
「帰ろうぜ。飛行機の時間ギリギリまでもう俺の部屋にいよう」
「…うん」
一ノ瀬の部屋に帰って、残りの僅かな二人の時間を満喫した。
何度もキスして…いちゃいちゃして。
そして出発時間には、私は来た時のギャル姿に変身していた。
「これなら絶対大丈夫。俺だってよく見ないと分からないぐらいだし」
「うん」
「空港まで送っていくな」
「ありがとう」
私が乗るのは東京までの本日最終便。
お父さんは明日の便だから、安心して空港でもギリギリまで一緒にいた。
美鈴にだけはお土産も購入。
「じゃあ……着いたら電話かメールくれよな」
「うん。またね」
「ああ」
最後に軽くキスをして別れ、私はセキュリティゲートを抜けた――
はぁ……寂しいな。
すごく楽しかったし嬉しかったけど……やっぱり寂しい。
また早く会いたいと思う。
飛行機にも乗って、ぼーっと窓の外を見ながら余韻に浸っていた……
のだが……
「…よう。千明」
え……?
ドカッと隣に座った男の人の顔を見て――私は固まってしまった――
「いい格好だな。ウイッグか?」
お…お父…さん…!?
なん…で……
「その程度の変装でオレを騙せると思うなよ」
「あ……あの…」
「今日は向こうの部屋に帰さないからな。聞きたいことが山ほどある」
「……っ」
お父さんのこの表情。
私が美鈴と二人でお母さんに会いに行った時の……
あの時の怒った顔にそっくりだった――
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