●TIME LIMIT〜千明編〜 4●





「旨い!」

「でしょ?一人暮らし始める前から結構練習してたんだ」



その日の夕飯は、スーパーで食材を買ってきて私が作った。

でも一人暮らしの男の子の部屋ってロクな調理器具がないんだから。

無駄に出費。

帰ったらまたバイト頑張ろう……


「和食が得意なんだ。お母さんに習ったから」

「へー。でも進藤ってお母さんも棋士なんだろ?こんな本格的なやつ、仕事と両立して毎日作れるもんなんだ?」

「ううん、普段はほとんどお父さんが家事を担当してるから。お母さんは休みの日か、お父さんがいない時だけ」

「は?お父さんって確か六冠だろ?最強棋士って前にテレビで言ってたけど…、家事って、マジで?」

「うん。六冠ってことはもうほとんど予選が無いってことでしょ?だから返って時間に余裕があるみたい」

「あー…なるほど。もうそこまで来たら返って時間が出来るのかぁ」


反対にお母さんはリーグ戦に本選に、おまけに女流タイトルまであるから大忙しだ。

あんなに頑張ってるのに、普段は家事と子育てに明け暮れてるお父さんの方が強いだなんて……何かちょっと不公平。


「両親が棋士ってことは、進藤も打てるのか?」

「ふふん、聞いて驚け。たぶん今受けたらプロ試験だって受かるよ」

「マジ?じゃあなんで棋士の道選ばなかったんだよ?」

「……」


なんでだろう…。

今まで何十回何百回と色んな人に聞かれた質問だけど……なんでなんだろう。

なんとなく…両親とは違う道を選びたかったのかもしれない。

それに……


「なんで法学部なんだ?」

「…いつだったかな。なんで私…生まれてきたんだろうって考えた時期があったのよね」

「え…?」

「結局結論は出なかったんだけど……せっかく生まれてきたんだから、どうせなら誰かの役に立ちたいって思った。そんな時…テレビで裁判のドラマを見たから」

「裁判?」

「親権を争う裁判だったんだけど、その時の裁判官がすごく子供の為になる判決を下してて……感動したの。これだって思った」

「じゃあ目標は裁判官なんだ?」

「まだ内緒だからね。誰にも…お父さんにも話したことないんだから」

「進藤って…お父さんっ子なんだな」

「違うって!」


一ノ瀬が笑ってきた。



「じゃあ、そう言う一ノ瀬は?なんで医者なの?」

「俺は……無難だけど、小さい時に病気したことあってさ。その時担当してくれた先生に憧れて…かな」

「ふぅん…」

「でさ、その先生今は俺の大学の教授なんだ」

「だからわざわざ福岡まで来たんだ…」

「そ。ごめんな…なかなか会えなくて」

「ううん…」



高校の三年間、一ノ瀬とはずっと一緒のクラスで、結構色々話したつもりだった。

でもお互いまだまだ知らないことがいっぱいあるんだなって、改めて感じた夜だった。

一晩中話して、一晩中一緒にいて、もっともっと一ノ瀬が好きになった気がした。

口にも出してみた。


「好きだよ…」

「進藤…」


俺も…と返されて、再び体でも愛を確かめあったり。


不思議…。

ほんの少し前まではただの友達だった男の子と、今はこんな恥ずかしいことしてるなんて。

一番深い場所で繋がって…一つになってるなんて。


こんなの…好きでもない人となんか絶対に出来ない。

したくない。


だから……お母さんも出来たんだよね?

本当はお父さんのこと、ずっと好きだったから――












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