●CHANGE 4●
****第四章 デート ヒカル****
「塔矢〜!」
待ち合わせ場所に大声で駆け寄っていくと、着いた途端口を手で塞がれた。
「しーっ!知り合いがいたらどうするんだ!」
「ご、ごめん」
「さっさと行こう」
「おう!」
女になっても相変わらず時間に正確で律義な塔矢に思わず笑みがでる。
昨日買ったばかりの服に袖を通して、メイクもバッチリで、すっげー綺麗。
すれ違う男どもが見事に全員振り返ってくれて、別にオレのものでもないのにすごく誇らしかった。
「似合うな、その格好」
「殴るよ?」
「でも似合ってる。可愛いよ」
「僕を口説いてどうするんだ」
「さぁな」
塔矢は本当は男。
男だって分かってるのに、なぜか口が勝手に口説き文句を連発した。
もし例えば和谷が同じように女になったとしたら、同情で相談には乗るかもしれないけどデートなんか絶対御免。
口説くなんて天地がひっくり返ってもありえないだろう。
でも、塔矢は別。
普通の男女のデートをしてもいいと思うし、むしろ恋人同士のデートだって全然OKかもしれない。
OKどころか望んでる。
キスもそれ以上もしたい。
少なくとも中身は男の塔矢と何も変わってないのに…変なの。
「人目を避けるには映画が一番だよな。塔矢どれ観たい?」
「上映の開始時間が一番近いやつ。待ちたくない」
「じゃあ…これだな」
普通のハリウッドのバトル映画になった。
にしてもチケットどころか飲み物もポップコーンまでも普通に奢ってしまった。
オレより年収いい奴になにやってんだオレ…。
完全に女だって勘違いしてしまってる……
「進藤、母に頼まれたのか?今日は僕を女扱いしてやってくれって」
「はは…そうだったらよかったんだけどな…はは」
「いつも通りでいいんだよ?この前のトロピカルランドみたいに」
「分かってるって。そのつもり」
なのに、映画でキスシーンが出てくると、頭が勝手にオレと塔矢に置き換えていた。
チラッと横を見ると、微かに頬が赤い塔矢が前のキスシーンをじっと見つめていた。
コイツの柔らかそうな唇を見て、思わず唾を飲み込む。
キス…したいな……
「思ったより面白かったね」
「ああ」
映画の後はランチして、ぶらぶらその辺を歩き回った。
もちろんオレらだから碁の話でずっと盛り上がってた。
普通の女とのデートじゃ絶対に出来ない話。
塔矢とだから成り立つデートスタイルだ。
「ん…痛い」
「どうした?」
「足がちょっと…」
「あー…オマエこんなヒールの高い靴初めてだもんな。ちょっと休憩するか」
公園のベンチに腰掛けることにした。
真ん前の噴水の後ろにカップルが見える。
「…僕らも周りから見たらあんな感じに見えてるのかな…」
「たぶんな」
「はぁ…」
重い溜め息。
気持ちは分かる。
「今日で15日目だ…。いつになったら…戻れるんだろう…」
「戻りたいのか?」
「当たり前だろう?足は痛いし仕事には影響でまくりだし…いいことなんか一つもない」
「そうだよな…」
塔矢が元に戻ったら、この気持ちも元に戻るのかな。
女の塔矢はオレには魅力的過ぎて…大きすぎる。
その辺の女と遊んでる方が気が楽だ。
失敗したら…とか変に気を張らなくていいし。
変なの。
元が同性の方が普通は楽なはずなのに。
なに緊張してるんだろオレ…
「もしこのまま一生女だったら…いつ周りに打ち明ければいいんだろうね…」
「バレるまで黙ってれば?」
「うん…そうだね」
前のカップルがキスを始めた。
それに気付いて、塔矢が頬を赤める。
「…進藤は、キス…したことあるんだろう?」
「…あるけど」
「どんな感じ…?」
「……してみるか?」
「え―――」
オレの方に振り向いた塔矢の口に、すかさず吸い付いた。
手で頭を支えて、何度も啄んで感じを確かめる。
「―…んっ、…ん…んっ、…ん…―」
歯をなぞって、舌も吸って絡めて――止まらない深いキスを続けた。
少し目を開けると、真っ赤な顔があって…ぎゅっと瞑られた目尻からは少し涙が滲んでいて。
あまりの可愛いさに両手で体をぎゅっと抱きしめた。
「―…はっ…ぁ…はぁ…は……」
唇を離した後、息を整えながらも塔矢の頬や額、耳…果ては首筋にキスを落とした。
「進…藤…」
「塔矢、今から…その、オレの部屋…遊びに来ない?」
「キミの部屋…?」
「そ。すぐ近くだから。地下鉄で二駅だし」
「知ってるけど…」
「ああ…そうだよな。来たことあるもんな…」
焦ってる姿を見られたくなくて、拒否られたくなくて、腕を掴んで強引に引っ張っていった。
なにやってんだオレ。
なに誘ってんだよ。
部屋でオレ…コイツに何するつもりだ?
女の体だけど中身は男だぞ?
男相手に勃つのか?
や、既に半勃ちだけど……
「進藤…」
「オレ…今から彼女にするようなことオマエにするけど、拒否れよ塔矢。嫌なら殴ってもいいから本気で抵抗してくれよな」
「嫌なら…?」
「そ」
「じゃあ…嫌じゃなかったら?」
塔矢のその言葉に、ぐいぐい引っ張っていた足がピタッと止まる。
振り返ると…今にも泣きそうな真っ赤な顔でオレを見つめてきた。
「…嫌じゃねーの?」
「たぶん…」
「相手オレだぞ?オレなんかでいいのかよ?」
「キミ…拒否してほしいの?」
「いや…そうじゃないけど、オマエが男に抱かれてもいいなんて…ありえないような気がして…」
「……」
「本当にいいのかよ…?」
「…でも母に言われた。一線を越えるのは恋人になってから…て」
恋人……
「塔矢…」
「なに?」
「好きだ」
「………」
たちまち更に塔矢の顔が茹でダコになっていく。
「僕…っ、本当は男だよ?」
「分かってる。でも男のオマエも嫌いじゃないし、何より女のオマエが…気持ちが抑えられないくらい好きだ」
「…いつか元に戻るかもしれないよ?」
「その時はその時だし、その時の為にも今悔いが残らないようにしたい」
「進藤…」
そっと…優しく腕で包み込んでやる――
「…オマエは?オレのこと好きだったりするの?」
「…うん。好きだった…ずっと」
「ずっと?男の時から?」
「軽蔑するならしてくれて結構。打ち明けるつもりはなかったことだ」
「しねぇよ。嬉しいよ…塔矢に好かれてたなんてさ」
「進藤…」
「これからどうなるか分かんねぇけど…今のこの気持ちだけはお互い忘れずに大事にしような」
「うん…――」
再びキスをしながら誓った想い。
塔矢と同じ道を歩いていくことは、ずっと前から決めていたこと。
真っすぐに平行に上に向かって伸びていた二本の道が、今から交わる―――
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