●CARRY AWAY 22●
「あら?進藤プロ?」
再び棋院の中に入って行くと、さっき受付にいた子がロビーで出版部の子とお喋りしていた―。
「塔矢プロに会えました?」
「いや…、アイツ家にも帰ってなくて…携帯も切ってるし…」
「変ですねぇ…」
「彼氏の家にでも遊びに行ってるんじゃないですか?」
え…?
「塔矢プロはあんまり浮いた噂は聞きませんけど、あの容姿ですし…当然彼氏ぐらいいるでしょうから」
「進藤プロはご存じなんじゃないですか?」
「あ……うん」
彼氏の家…?
ってことはオレん家か…?
直ぐさま二人と離れ、家に電話してみた。
プルルルル
プルルルル
『――はい、進藤ですが』
「母さん!オレ!」
『ヒカル?どうしたの?また和谷君の家に泊まるとか?』
「そうじゃなくてさ、塔矢来なかった?!」
『塔矢さん?来てないわよ』
「……そっか」
一気に落胆の溜め息が出た。
もし来たらすぐに電話してくれるように言付けして、ひとまず電話を切る。
再び二人の元に戻ろうとしたら、今度は女流の人もお喋りに混ざっていた。
確か伊角さんと同じ九星会の……桜野さん?だっけ?
「塔矢さん?あー…そういえば7時過ぎにこのロビーにいたわよ」
「本当ですか?!」
「ええ、見たことない人と話してて、すぐ一緒にどこか行っちゃったけど」
「え……」
オレが訝しそうな表情をすると、桜野さんが笑った。
「心配しなくても女性よ。女の人」
「はぁ…」
女の人…?
誰だろ…―
「塔矢さんに負けず劣らず、すごく美人な人だったわよ。年は20過ぎかしらねー。髪は少し明るめでウェーブかかってて…」
え…?
それって…
まさか…
…桜…?
アイツの顔が横切った瞬間――一気に顔が青ざめた。
まさか塔矢に余計なことしゃべってねーだろな?!
プルルルル
プルルルル
再び棋院を出たオレは、急いで桜に電話した。
『もしもし?ヒカル?』
「桜?!お前まさか塔矢に会ったりしたか?!」
『塔矢って誰?あー…もしかしてヒカルの新しい彼女の名前かしら?ふーん、塔矢さんって言うんだ〜』
「質問に答えろよ…」
『何怒ってんの?会ったわよ。それが何?』
「余計なこと言わなかっただろな…?」
『余計なことって?』
「それは……」
電話の向こうで桜がふふっと笑った。
『私は真実を話しただけよ』
「真実って…まさかお前……」
『ええ、ヒカルが昼間私を抱いてくれたってことも正直に』
マジかよ…
「お前…最悪…」
『あら、言われてまずいことをするヒカルが悪いんじゃない』
「だってそれは…お前がそうしないと別れないって言ったからじゃん…」
『よく言うわよ。2時間も私の体を貪っておきながら』
「……っ」
『本当に好きな子が出来たのなら、普通はその子の為に意地でも抱かないものよ』
「……」
そう…だよな…。
そうするべきだったんだ…。
何やってんだオレ…―
『私の言ったことなんて無視して蹴散らして罵って、一方的に私を捨てればよかったのよ』
「んなこと出来ねぇし…」
『優しいね、ヒカルは…』
何だか電話の向こうで桜が微笑んだ気がした。
『ね、あの子と付き合ってもたまには私と遊ばない?』
「ふざけんな…。もう二度とお前とは会わねぇよ」
『えらい!よく言った!』
「………」
何だかオレ…桜に遊ばれてる気がする…。
「じゃあもう切るぜ…」
『ねぇヒカル…』
「…何だよ」
『私が二股かけてたこと……気付いてた?』
え…?
『やっぱり気付いてなかったんだ。塔矢さんでさえ知ってたのに…』
「マジ…?」
『私ね、その彼と結婚することにしたから』
「へぇ…」
『ショック…?』
「え?いや…別に…。んー…でもやっぱ多少は内心複雑…かな?」
『あはは。ヒカルって本当バカ正直だね』
「…うるせぇよ」
ショックじゃない男なんているわけねーじゃん。
一応付き合って…何度も体を合わせた相手の結婚だぜ…?
「でも…良かったじゃん?これで卒業と同時に結婚の夢が叶うな」
『…ありがと。本当にいい人なんだよ?そりゃ収入はヒカルには敵わないけどさ…、でもあと数年もすれば追いつくと思うし』
「残念でした〜。数年後にはオレはもっと上に行ってるもんね」
『あら、すっごーい。塔矢さんが羨ましいわ』
「いや、アイツの方が既にかなり上行ってるし。オレはまだアイツの半分の給料もねーぜ…きっと」
『本当?あーあ、それじゃあさっきカフェで奢るんじゃなかった〜』
「何だよそれ…」
苦笑するオレに桜は最後のアドバイスをしてきた。
『ヒカルも浮気されないよう気をつけてね』
「はぁ??アイツがするわけねーじゃん!」
『どうかしら。だってあの容姿よ?誘われて断る男なんていないわ』
「……」
『私、男を取られたなんて初めてだったんだから。すごいわよ、あの子。敵に回したら怖そ〜』
「いや、怖いなんてもんじゃねーぜ…」
裏返ってるオレの声を聞いて、桜が電話の向こうで笑ってる。
『じゃあねヒカル…。今までありがとう』
「ああ、元気でな」
ピッ
最後の電話を終えたオレは、電話帳から桜のアドレスを消去した―。
そしてオレの足は再び塔矢家へと向かう。
もう少しで着くって時に、上手い具合にタクシーから下りるアイツの姿が見えたり。
きっと塔矢は明子さんからオレのことを聞くだろう。
電話…くれるかな?
やっぱ怒ってる…よな。
だからオレは
『ごめんな。オレと話す気になったら電話して』
というメールを送ってみた。
そして塔矢ん家の前でジッと鳴るのを待ってみたり。
夏だから一晩中ここにいても死ぬことはねーよな……なんてな。
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