●CARRY AWAY 21●


進藤…。

進藤進藤進藤…。


僕はキミと出会ってから、どれだけキミの名前を口にしたんだろう…。

どれだけ心の中で叫んだんだろう…。

キミのことを考えない日なんてあった…?

いや…、ない気がする…。

遠征でどれだけ遠くに離れていても、どんなに重要な対局中でも……僕は常にキミのことが頭の片隅にあった。

キミと打ちたい。

打って打って打ちまくって……キミと高め合っていきたかった。

キミと僕の間には常に碁があって、碁を打たない僕らなんて存在しなかった。



だけど……今は違う気がする。


実際に昨日は一度も打ってない。

一晩中一緒にいたのに…。

携帯用の碁盤も碁石も持ってたのに…。


だけど……打たなかった。


代わりにしたのは…まるで恋人同士のような会話に行為―。

いや、実際に僕らはなったんだ。

恋人というものに――


…すごく不思議。

この僕が、碁を打ってないのに…あんなに満たされた気持ちになるなんて―。

本当に不思議だ。


…でも、僕はもうこれで本当にキミとは離れられない気がした。

僕の心も体も碁も、全てがキミを欲してるんだ。


……だけど

キミは違うのかな…?


さっき…あの女に言われたことが頭の中で何度も回ってる。


『せいぜい浮気されないよう彼を見張っておくことね』


浮気…か。

はは、早からされちゃった。

キミは誘われたら本当に誰でも抱くんだね。

これからも…ずっとそうなのか?

僕と付き合っても…結婚しても…子供まで作っても…ずっと…―


何だか…

付き合ってまだ丸一日も経ってないのに…

もう嫌気がしてきた…―



しばらくそのカフェでぼーっと注文したアイスコーヒーを飲んでたけど、気分が一向に晴れないので…もう帰ることにした。


キミとちゃんと話し合いたいけど、何だか今日はもう会いたくない…。

声も聞きたくない…。










「ただいまー」

「アキラさん!」

家にタクシーで帰ると、母が慌てて僕の方に走ってきた。


「今まで何してたの!進藤さんがいらしてたのよ?!」

「進藤が…?」

「携帯も繋がらないし、あなたを探してくるって…」

「携帯?」

鞄から取り出すと、電池切れで電源が落ちていた。

そういえばここ最近充電してなかったな…。


「とにかく直ぐに連絡してあげなさいね。きっと心配してるわよ」

「…はい」


心配…ね。

キミもそれぐらいすればいい。

僕が受けた屈辱分、キミだって罰を受けるべきだ。

せいぜい僕を探しまくって、不安になって、苦しめばいいよ。


そう思った僕は、充電した後も連絡するどころか、一向に携帯の電源を入れなかった―。


お風呂を出た後、母に

「ちゃんと連絡した?」

と聞かれても

「したよ」

って嘘をついたり―。



だけど……

時間が経てば経つほど罪悪感でいっぱいになってくる…。


もう12時前だ。

キミは今…何をしてるんだ?

まだ僕を探してる…?

それとも諦めてもう帰っちゃった?


いや、彼の諦めの悪さは僕が一番よく知ってる。

どんなに無謀でも、無理な碁でも、わずかな隙を…望みを探そうといつも食らい付いてくる。

その執念こそがキミの強さの秘訣だ。

だから……キミはまだ僕を探してるはず。

探してくれてるはず。



「………」



少し譲歩して、僕は携帯の電源を入れてみた。

「うわっ…」

直ぐさま彼から大量のメールが届いた。

一番時間の早いのは20:25。

『今どこ?』

という簡潔なもの。

それが5分おきぐらいに微妙にニュアンスを変えて続いてる。

でも21:31のメールの次は22:20だ。

それが最後のメール。

内容も今までとは全く違う…


『ごめんな。オレと話す気になったら電話して』

というものだった。


これは何に対して謝ってるんだ…?

話す気になったらということは、ならなかったら電話はしなくてもいいってことか?

じゃあそうさせてもらう。

僕はキミの声なんか聞きたくない…!

もう寝る!

明日は大事な棋聖戦の予選だし!




「………」





だけど寝ようと思えば思うほど、気になって眠れなくなる…。

目を瞑れば段々と昨夜のことを思い出してきて……胸が熱くなる。

キミに優しく触れられて、キスされて、何度も好きだと言われた昨夜のことを…―。


だけどあの男は今日の昼にはまた別の人に同じことをしてたんだ。

それを思い出すとすごくムカムカしてくる。

進藤のバカっ!

文句言ってやる!




――時は午前1時過ぎ


僕はようやく進藤に電話することに決めた――















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