●CARRY AWAY 20●
「え?帰った…?」
「はい、もう1時間近くも前に」
研究会が終わって2階の一般対局室に下りて行くと、受付の子に塔矢が既に指導碁を終えて帰ったと聞かされた―。
「ちぇっ…」
「何だよ進藤、塔矢に用でもあったのか?」
舌打ちするオレに、一緒に研究会に出ていた和谷が不思議そうに尋ねてきた。
「いや、別に用はないんだけど……一緒に帰ろうかなって思って」
「は?お前ん家と塔矢の家って正反対の方角じゃなかったか?」
「まぁそうだけど…」
少しでも一緒にいられる機会は逃したくねェって言うか…
出来たら今夜も一緒にいたいって言うか…
「…塔矢ん家行ってみようかな…」
ボソリとオレが呟くと、和谷が驚きの目付きを向けてきた。
「何でそこまでするんだ?お前らどうせ明日手合いで会えるじゃん」
「そうなんだけどさ、今日のうちにもう一回会っておきたいんだよ」
「…塔矢に?」
「うん」
「……」
何だか和谷が怪訝そうな顔を向けてくる。
「…普通は彼女に会いに行かねぇ?」
「だって彼女だし」
「は?」
「オレ、塔矢と付き合い始めたんだよ」
「マジ!?え…だってお前…A大の彼女は?」
「アイツとは別れた」
「うっわ…速攻だな…」
確かに自分でも早いと思う。
でもオレはもう塔矢のことしか考えれない。
アイツが好きで仕方がない。
こんな気持ちになったの…本当に初めてだ…―
時計を見るととっくに8時を過ぎていたけど、取りあえず塔矢ん家に向かってみた。
早く桜と別れたってことを教えてやりたい。
これからはオマエ一筋でいくからな。
絶対に――
塔矢ん家の前まで来ると、居間のあたりに電気が点いてるのが見えた。
胸が高鳴ってくるのが分かる。
まずは何から言おうかな〜と意気揚々とインターフォンを押した。
だけど…―
ピンポーン
ピンポーン
「はーい」
え…?
この声…―
ガラッと戸を開けて笑顔で出迎えてくれたのは――塔矢のお母さんだった。
「あら、進藤さん。お久しぶりね」
「あ…、はい」
知らなかった…。
てっきりまだ外国だと思ってたのに、先生達帰ってきてたんだ…。
やばいなぁ…。
これじゃあすげー失礼な時間の訪問じゃん…―
「あの、塔…じゃなくて、アキラさんいますか?」
「あら…ごめんなさいね。アキラさん、まだ指導碁から戻ってないのよ」
え…?
「でもオレ…棋院でもう1時間も前に帰ったって言われて来たんですけど…」
「あら、じゃああの子どこで道草してるのかしら」
「…ちょっと電話してみます」
何だか心配になって、急いで携帯を取り出した。
だけど…―
『おかけになった電話番号は現在電源が入ってないか、電波の届かない…』
「何で電源切ってんだよアイツ…」
「進藤さん?繋がらないの?地下鉄にでも乗ってるのかしら…」
確かにその可能性もある。
でも…何だかすげー嫌な予感がする。
「オレ、ちょっとアイツ探してきます!」
「え?進藤さん?」
アイツがこんな時間に道草なんてするわけない。
棋院から塔矢の家だって、JRが一番早い。
地下鉄なんか乗らない。
もしかして…何かあったのか…?
不安がどんどん積もってくるのを感じながら、とにかく駅に急いだ。
来た道を逆戻りしながら、すれ違わないよう左右をくまなく見渡しながら―。
塔矢…どこにいるんだよ…。
こんな時間まで何してんだよ…。
もう9時だぜ…?
塔矢…!
「はぁ…はぁ…」
結局見つからないまま、また棋院にまで戻って来ちまった…。
走って来たので無駄に息切れてる…。
何度電話しても、相変わらず同じアナウンスで……もうどうしたらいいのか…分からなくなる。
どこに居んだよ…塔矢…―
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