●CARRY AWAY 2●
「彼女の代わりに僕を温泉に連れてって♪」
そう塔矢に言われて、初めてこの賭け碁が最初から仕組まれてたことに気付いた。
塔矢は知ってたんだ。
オレが来週の月曜から彼女と出かけることを―。
ついでに行き先が温泉だってこともな―。
どこでその情報を手に入れたんだか…。
…だけどオレの負けは負け。
2連敗もしちまったら言い返すことも出来なくて……オレはしぶしぶ承諾した。
くそっ!
もう二度とアイツと賭け碁なんかするもんか!
家に帰った後、オレは恐る恐る彼女に電話した。
当然彼女の第一声は
『冗談でしょ?!出発明後日なんだよ?!』
と怒り狂ったものだった。
無理はない。
この旅行はオレらにとって初旅行になるはずだったんだ。
ルートも旅館も二人で一緒に決めて……お互いすんげぇ楽しみにしてたのに―。
「…ごめん。どうしても断れない仕事が入っちまって」
本当のことを言えるはずもなく、そう嘘をついた。
『それなら仕方ないか…』
と納得する彼女の声を聞いて…良心が痛む…。
本当は他の女と旅行するだなんて……オレって最低…。
「いい天気で良かったね」
「そうだな」
そして運命の月曜日――。
嫌味ったらしいほど晴れ晴れとした絶好の天気の中、オレと塔矢は目的の旅館に向かった。
でも来てしまえば来てしまったで、塔矢との旅行もそれなりに楽しんでる自分に笑える。
当然会話の半分以上は囲碁についてだけど……
「もうすぐTD杯の決勝だけど、どっちが勝つと思う?」
「そりゃ同じ日本人として倉田さんに勝ってほしいけどさー、相手韓国の安太善だろ?相性悪いからなー」
「でも最近は勝率五分五分みたいだよ」
「へー、んじゃ今度こそ優勝カップを日本に奪還してもらわねぇとな」
旅館近くまで来ると海が見えてきて、塔矢が走り出した。
「海なんて久々に見たな。水着持ってくればよかった」
「中学ん時のスクール水着か〜?」
からかうと塔矢が睨んできた。
「失礼だなキミは!これでも芦原さん達と毎年プールには行ってるんだ。ちゃんと可愛いのも持ってるよ」
「ふぅん…」
芦原さん、ね。
チェックインを済ませた後、オレらは例のごとくマグ碁で対局を始めることになった。
「…オレらってどこ行ってもすること同じだよな」
「いいじゃないか。折角キミといるのに、打たないなんて勿体ないよ」
「ま、別にいいけどな。んじゃお願いしまーす」
「お願いします」
あーあ…。
本当だったら今頃彼女とラブラブな雰囲気を楽しんでるはずだったのに……何が悲しくて塔矢と打たなくちゃなんねーんだよ。
わざわざここまで来る必要ねーじゃん…。
しかもコイツのことだ。
このまま夕方まで打ちまくるつもりなんだろな…。
んで温泉に入って、夕飯食ったらまた寝るまで打ちまくって……
そのまま何もせずにお休みなさーいってか。
……笑えるな。
これじゃあ旅行というより囲碁合宿だぜ。
…いや、待てよ?
塔矢はこれでも一応女で…オレは男だよな。
もしかしたら雰囲気次第で盛り上がっちゃうってこともあるかも?
……って、それってめちゃくちゃ浮気じゃん!
ダメだダメだ。
ボツ!今のボツ!
「…進藤。集中しろ」
「あ、ごめん」
それから数時間――予想通り打ちまくることとなった。
そして夕飯の時間まであと1時間という所で、ようやくオレは碁盤から開放された。
「じゃあそろそろ温泉に入ってこようか」
「だな。大浴場は1階だってさ」
お互い浴衣と着替えを持って、意気揚々と一緒に部屋を後にした。
「また後でね〜」
「ああ」
塔矢と別れて一人温泉に浸かりながら、オレは今夜のことを考えてみる―。
今日は一晩中アイツと一緒なんだよな…。
よくよく考えてみたら……オレの理性が持つかな…?
たぶん少しでも煽られたら……終わりだ。
彼女がいるくせに情けねぇ…。
でも男って所詮そんなもんだよな?
むしろ手を出さねぇ方がおかしい。
…とか言い訳しつつも、その相手が塔矢だってことに悩む。
塔矢…か。
これでも思春期真っ盛りの15ん時から、ほぼ毎日一緒に打ってるんだ。
何度二人っきりになったことか…。
実を言うと、その塔矢相手に卑猥な想像をしたことも何度かある。
目で犯したことももちろんある。
アイツって性格とは裏腹に、見た目はすげー美人だし…。
別に恋愛感情がなくても、欲求不満だとさ……勝手に頭が夜の相手に選んじまうんだ。
今となっては昔の話だけどな。
…でも一度でもそういう目で見た奴と一晩中二人きりだと……少しでも煽られたら本当にヤバいと思う。
頼むから顔も服も、いつも通り鉄壁のガードをしててくれよな!!
――だけど
結局オレの願いは叶いそうになかった――
夕飯を食べ終わって、また数局打った後、オレらはそれぞれの布団に入った。
その直後に塔矢がとんでもないことを言い出したんだ。
「…残念だったね、進藤」
「何が…?」
「だってもし彼女とここに来てたら、今頃はイチャついてた筈だろう?」
「けっ!別にいいし!帰ったら速攻アイツん家に泊まるつもりだしな!」
そう痩せ我慢を吐くと、塔矢は興味津々っぽい目をして、オレの方に枕を寄せてきた。
「ね、こういう温泉の一泊旅行って、カップルの場合…温泉の癒しより夜の営みの方が目的って本当?」
「は?」
「進藤もそのつもりだったのか?」
「ウルセェなぁ…。んなこと聞かなくても分かんだろ」
「ふーん…。じゃあ僕が彼女の代わりをしてあげようか?」
「はぁあ??!何言ってんだよオマエ!んな無理しなくてもいいって!いいから大人しく寝ようぜっ」
口では悪魔で平静を装いつつも、既に頭は慌て始め、心臓がバクバク鳴り始めたので、オレは急いで塔矢に背を向けた―。
「キミってエッチ上手いんだろ?少しぐらい僕にもその技を披露してくれたっていいじゃないか」
「だ、誰に聞いたんだよ!んなこと!」
「内緒♪」
この塔矢からエッチだとかそんな直球の言葉が出るなんて思いもしなくて、オレの顔はたちまち真っ赤になってしまった。
それでも尚、抵抗してたオレは立派だと思う。
まさか痺れをきらした塔矢が脱いで、オレを襲ってくるなんて思いもしなかったけどな――
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