●CARRY AWAY 19●
指導碁を終えて1階のロビーに降りて行くと――僕は意外な人物に声をかけられた―
「待ってたのよ。私のこと覚えてる?」
「……はい」
忘れるわけがない。
進藤と付き合っていた、あの彼女だ。
「少し話さない?」
「……」
彼女に促されるまま、僕達は駅前のカフェに入った。
時刻は既に夜の7時を過ぎてるから店内は比較的ガラリとしている。
僕らは一番目立たない、奥の隅の席に座ることにした。
「…昼間ね、ヒカルが私の部屋に来たわ」
「……」
「別れてくれって。あなたのことを好きになったからって」
「……そうですか」
僕はそれを聞いて心が踊ってしまった。
進藤がこんなにも早く、彼女と決着を付けに行ってくれたなんて―!
「あなたも最低ね。彼女持ちの男に手を出すなんて」
「あなたに言われたくありません。二股かけてたくせに…」
「あら、知ってたの?」
「……」
彼女がふふっと笑った。
「実はね、ヒカルと会えなかったこの一週間の間に、その彼にプロポーズされたのよね〜」
ほら、と彼女が左手を見せてくれた。
薬指に綺麗なエンゲージリングが嵌められている。
「だからどっちみちヒカルとは別れるつもりだったの。良かったわ〜、言い出す手間が省けて」
「……」
「って言っても元々本気じゃなかったんだけどね。私、年下嫌いだし」
「じゃあ…」
「何で付き合ってたのかって?愚問ね」
「……」
「あなたももちろん知ってるでしょう?彼にはあのルックスと、年に似合わない収入があったからよ。少しバカな所も可愛かったかわ〜」
まるで思い出話のように、彼女は楽しそうに話し出した。
「私は大学を出たらすぐに結婚しようって昔から決めてたから、結婚に結び付かない付き合いはしたくない達なのよね」
「……」
「だからもしヒカルにあの収入がなかったら、私は彼に目もくれなかったと思う。ルックスだけでバカな男って最悪」
…でもそれは言い換えると、彼女が少しは進藤とも結婚を考えてたってことになる。
「でも仕事ばっかでなかなか会えないし、浮気はするし、ホントやんなっちゃう。やっぱり男は誠実で真面目な人が一番だわ」
「…そうですね」
「あなたも気をつけた方がいいわよ。ヒカルがこの先浮気をしないっていう保障はどこにもないんだから」
それを言われて、僕は思わず目を見開いてしまった―。
あなたにそんなこと忠告されたくない。
…でも真実だから言い返すことも出来ない…。
僕との時もそうだった。
進藤は彼女がいたのに…僕が誘ったら…すぐにその気になった…。
彼はそういう男なんだ。
……でも…信じたい…。
キミは僕のことが好きなんだよね?
この彼女は別に好きじゃなかったんだよね?
だから…浮気してしまっただけなんだよね…?
「ああ、そうそう。私ってヒカルとのセックスも好きだったのよね」
「……」
「やっぱり若いっていいわ〜。覚えも早いし、体力もあるし、体も綺麗だし」
「……」
「あなたも彼としたことあるなら分かるでしょ?最高だと思わない?」
「まぁ……そうですね」
彼女がはぁ…と溜め息を吐いてくる。
「実はね…このプロポーズしてくれた彼はあんまり上手くないの。もちろん私がこれから調教するつもりよ?でも既に彼の中でスタイルが確立されてしまってるっていうか…あんまり期待が持てないのよね」
だから何?
そんなの僕には関係ない。
何でこんな話…―
「だからさっきヒカルとたっぷり思い出を作らせてもらったわ。ありがとう」
「え…?」
彼女がガタッと椅子を引いて、席から立ち上がる。
「だから気をつけた方がいいわよって言ったのよ。あなたのことが好きだとか言ってたけど、私が最後に思い出作りしようって誘うと直ぐに抱いてくれたし。何度もね」
「………」
嘘……
進藤…キミって…―
「せいぜい浮気されないよう彼を見張っておくことね。じゃ、頑張ってね〜」
それだけ言い残すと、彼女は早々と出口に向かってしまった。
僕はあまりのショックで動くことが出来ない…。
つい今朝の今朝まで…僕と肌を合わせてたくせに…、昼にはもう他の女性を抱いたんだ…。
信じたくないけど……事実なんだ…。
思い出作りって……何?
進藤…キミは一体何を考えてるんだ…。
一体何をしてるんだ…。
何だかもう…
…僕はキミを信用出来そうにない…―
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