●CARRY AWAY 18●
オレは寅年だけど……中身はウサギだと思う。
寂しいと死んでしまうんだ。
ま、それは大袈裟だけどさ、……でも…寂しかったら本気で狂うと思う。
一人は嫌なんだ。
常に誰かに横にいてほしい。
一緒にいてほしい。
それがオレが彼女を作る理由…。
初めて付き合ったのは、北斗杯が終わった直後だ。
あの大会で得た知名度、経験から実った棋力、それに伴う収入。
それらを手にしたオレは、寂しさを埋める相手に困らなかった。
今の彼女…桜もそうだ。
ちょうど前の彼女と別れた直後に、初めて出会った―。
「この後部屋に遊びに来ない?」
と言ってきた誘いに、躊躇することなく乗った。
ミス・キャンパスにもなったことのある綺麗なお姉さん。
知的で計算高くて現実的な性格。
男性経験も豊富で、セックスがすげぇ上手かったのが今でも残る印象。
ずいぶんといい思いさせてもらったよな。
……でも、もうお終いの時間だ――
オレは塔矢を取る。
アイツと付き合って、結婚もして、家庭を築いていくつもり。
だから、もうお前は必要ない。
寂しさは塔矢に埋めてもらうから――
「…ヒカルって最悪……」
プールから戻るなり彼女の部屋に直行して、その話を持ち掛けた。
元々今度浮気したら別れるって言われてたから、そのことを言って別れる手立てもあったけど……本当の気持ちを話すことにした。
『塔矢が好きだ』
って―。
「一時の気の迷いだとか言ってたくせに…本気になっちゃったんだ?」
「うん…」
「私より…好きだって言うんだ?」
「うん…」
桜がぎゅっと唇を噛み締めた―。
「あんな子…どこがいいのよ…」
「それは――」
「言わないでよっ!!」
本当に口を開こうとしたオレを、ヒステリー気味に遮る―。
「…もういいわ。アンタなんかこっちから願い下げよ。せいぜいあの子と仲良くすれば?」
「…ごめん。ありがとう」
「……」
それだけ言って出て行こうとしたオレの手首を――彼女が掴んできた―。
「…待って。お願いがあるの」
「え?」
「最後にもう一度だけ…抱いてくれない?」
え…?
「それはちょっと…」
「お願い…。このままじゃ私のプライドが許さないの」
「でもそれって…」
「彼女が私にしたことを、今度は私がしてやるだけよ。ちょっとした腹癒せ。…いいでしょ?」
「……」
「抱いてくれるまで、正式に別れないから」
「……分かったよ」
早くここを去りたかったオレは、承諾した瞬間に彼女を玄関で押し倒した―。
「本当にこれで別れてくれるんだな…」
「もちろん」
「……」
疑って顔を歪ませてるオレの頬に…彼女が手を伸ばしてきた―。
「私は元々年下は嫌いなの。…でもね、ヒカルとのエッチは気に入ってたんだ」
「……」
「ヒカルだって私とするの嫌いじゃなかったでしょ?」
「…まぁな」
桜がクスッと笑ってきた。
「お互い最後の思い出作りしよっか」
「……」
まるで洗脳されるかのように、オレは彼女と最後の関係をもった。
彼女の体のよさは嫌ってほど分かってたから…完全には拒否出来なかった自分が情けない。
そして一度始めると止まらないのは分かってた。
一回達したぐらいじゃ満足しない。
ただお互い快楽だけを求めて…体を何度も重ねていく―。
放った後に残るのは虚しさと物足りなさだけなのに―。
もちろん今までのオレならこのセックスで満足してた。
でも…昨夜塔矢への気持ちに気付いて…体を合わせた瞬間――世界が変わった気がしたんだ。
今までのセックスがバカに思えるほどの充実感と快感。
同じ奴を抱いても、自分の気持ち次第でこんなにも満足度が違うんだって…改めて思い知らされた。
気付いたら恥ずかしいほどに塔矢に好き好き言ってたし。
よくベッドの上だけ甘い言葉を連発する奴っているじゃん?
今までバカみてぇって思ってたけど……何だかそいつらの気持ちも理解出来た気がした。
素の時じゃ恥ずかしくて言えないから…だから少し理性の飛んでるセックスの時なら言えるんだろうなって。
まさかオレもその部類だったとはな…。
いや、オレは素でも言えるけど?
だから桜…
オレにはもうこんなセックス…意味がないんだよ――
「…物足りないって顔してる」
「……」
ようやく終わった後、オレの表情を見て――彼女が言った。
「帰ったらあの子を抱くの?」
「生憎そこまで暇じゃなくてね。オレはこれから研究会があるし、アイツは棋院で指導碁の仕事が入ってる」
「ふぅん…。ま、頑張ってね」
「ああ。じゃあな」
「うん、バイバーイ」
最後は案外あっさり帰してくれて、オレは彼女の部屋を後にした。
もう二度とこの部屋には来ない。
もう二度と塔矢以外の奴を抱かない。
付き合わない。
これで最後だ。
――そう決心した――
NEXT