●CARRY AWAY 16●
…いつだったかな。
ほんの少しだけ付き合った彼女に言われたことがある。
『子供?そんなの出来たらおろすに決まってんじゃん』
『この歳で母親なんかなりたくないし』
『ヒカルも嫌でしょ?』
佐為がいなくなってから…『死』とか『別れ』というものに敏感になっていたオレは、彼女のこの言葉を聞いた瞬間――世界が真っ暗になった気がした―。
確かに気持ちは分からないでもない。
でもその軽さに愕然とした。
例えミリ単位の命だって…ちゃんと生きてるのに…、何でそんな簡単に言うんだよ…。
出来たらおろすこと、殺すことを前提にセックスをする奴だっていることを…オレはその時思い知らされた―。
それ以来だ。
オレがきちんと避妊するようになったのは。
『殺すぐらいなら最初から作らなければいい』
そう思った。
……でも
塔矢だけはなぜか最初から違ってた…。
避妊をしなかったのは……心の底で分かってたからかな?
塔矢は命を粗末に扱う人間じゃないって―。
出来たら…絶対に産んでくれるだろうって―。
その代償に結婚?
そんなの…産んでくれるんだったら喜んで承諾するよ…―。
「でも進藤…、もし僕がこの先ずっと妊娠しなかったら……キミはどうする気なんだ?」
「……」
それはオレも考えていたことだ。
どうするんだろ…。
今のセフレみたいな関係をずっと続けていくのか…?
桜と付き合ったまま―。
「……オマエはどうしたい?」
反対に尋ねると、塔矢は期待と不安をともなった顔をして…オレの頬に手を伸ばしてきた―。
「言ったよね…?僕はキミの彼女に嫉妬してるって。彼女から奪いたい。僕だけのものにしたいって―」
「つまり…アイツと別れてほしいのか?」
「うん」
「んで…オマエと付き合えって?」
「…うん」
「オマエ、オレのこと好きじゃないって言ったくせに…」
「そ、そんなこと言ってない。好きかどうか分からないって言ったんだ!」
「そんな中途半端な気持ちでオレと付き合えると思うなよっ?!ナメんな!」
――って、何言ってんだオレ…。
結婚はすぐOKしたくせに、なんで付き合うごときで渋るかな…。
だいたい桜にだって好きだなんて言われたことねーし…。
――でも
塔矢には言われたい―。
好きになって欲しい―。
「好きって言うまで絶対に付き合わねーから!」
塔矢がムッとしたようにオレの頬を抓った。
「いつからそんな乙女チックになったんだキミは!さっきは居心地がよくて、遊べて、セックスが出来たら誰でもいいって言ってたくせにっ!」
「ウルセェなぁ…!気が変わったんだよっ!」
「じゃあ僕もキミが付き合ってくれるまで、絶っ対にキミと寝ないからっ!」
「卑怯だぞオマエ!」
「どっちが!」
しばらくお互い睨みあってたけど、何だかアホらしくなってきて――オレはベッドに上がり、塔矢に跨がった―。
「しないって言っただろ?!」
「付き合ったらしてもいいんだろ?」
「え…?」
目を見開いてきた塔矢の額に一瞬だけ唇を押し当てた―。
「付き合うよ…オマエと。彼女とは別れる」
「本当に…?」
「ああ」
「でも僕…好きって言ってないけど…?」
「いいよ別に…。高望みしすぎたと思って諦める」
「……」
…でも
いつかは言って欲しいな…。
本心から…好きだって―。
そしたらオレも……言うからさ。
――何を…?
「進藤…?」
何を言うのかが出てこなくて固まってるオレに、塔矢が心配そうに手を伸ばしてきた―。
「どうかしたのか…?」
「え?あー…ううん、何でもない」
「……」
オレは一体何を言うつもりだったんだ…?
コイツに…。
好き…とかそういう部類か?
あ、ありえねーって!!
だって塔矢だぜ?!
あの塔矢!!
この塔矢!!
オレの下で仰向けになってるコイツの顔をじっと見つめてみた―。
「可愛いな…」
「え?」
「あ、いや、何でもない」
声に出てたみたいで、慌てて塔矢から目を逸らした―。
自分の顔の温度が急スピードで上がってきたのが分かる。
その気持ちを意識したからだ。
やばい…。
オレって…
コイツのこと好きかも…―
「進藤、顔が赤いぞ…?」
「う、ウルセェよっ!」
何だか塔矢に跨がってることが無性に恥ずかしくなって――急いでベッドから降りた。
「…今夜はもうしないのか?」
「しないっ」
「また気が変わったのか?キミって訳が分からない」
「……やっぱする」
「は?」
再びベッドに上がってくるオレを見て、塔矢が眉を潜めてる。
「塔矢…―」
上に乗りながらゆっくり顔を近付けていって――唇を重ねた―。
「―…ん…――」
やばい…。
すげー心臓がドキドキ鳴ってる…。
こんなに気持ちが落ち着かねぇの…生まれて初めてかも―。
どうしたんだろ…オレらしくねぇ…。
こんなんじゃ…上手く抱ける自信がない…。
まるで初めて女を抱く時のような心境…。
「―ぁ…は…ぁ……」
口を離して目を開けると……異様なまでに可愛く見える塔矢の顔があった。
すげぇ…。
人を好きになるってすげぇ…。
オレはこの瞬間――
『恋は盲目』
という言葉を初めて理解出来た気がした―。
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