●CARRY AWAY 1●
――その日
進藤と和谷君の会話を、僕は偶然聞いてしまったんだ――
「和谷和谷、聞いて〜。オレ来週の月曜からさ、彼女と温泉に行くんだ♪」
「へー。って、お前って今誰と付き合ってたっけ?」
「A大の子。ほら、先月カラオケ行った時、途中から女子大生グループと一緒になったじゃん?」
「あー、あの時お前がお持ち帰りした子か」
「そ。やっと大学が休みに入ったらしくてさー」
「確かに俺らって土日に仕事入ること多いから、普段はなっかなか一緒に出かけれねぇもんな」
「そうなんだよー。この夏休み中にいっぱい遊んでおこっと♪」
その短い会話の中でも、僕は重要な情報を手に入れれた気がした。
進藤に彼女がいること―。
そして来週その子と温泉に行くこと―。
少し胸が痛んだのは、大切なライバルをその彼女に取られてしまうような気がしたからに違いない。
大学生の休みはだいたい8月・9月いっぱい。
進藤は出来るだけその子と接するつもりらしい。
僕との対局を差し置いてか…?
そんなの嫌だ!
そして僕は簡単には引き下がらない性格だ。
キミはそれを分かってたはずだよね…?
「そうだ進藤、今日の対局は賭け碁にしない?」
「お、久々だな。いいぜ〜、何賭ける?」
「それは勝った方が決めるってことでどうかな」
「おうっ」
何気なくを装って、僕は進藤に賭け碁を持ちかけた。
何も知らず、何の疑いを持たず承諾したキミの顔を見て――思わず口許が緩む。
僕って性格悪いかな…?
いいよね…このくらい。
対局時間を減らされるなんて、僕には我慢出来ないんだ。
そして…
キミが僕以外の人に夢中になることもね――
「…くそっ。半目足らねぇ」
負けたことに進藤が悔しそうに声をあげた。
「あーあ、中央の荒らしは上手くいったのに」
「でも少しそっちに構いすぎだったね。左下の攻防を見落としてる」
「やっぱここで囲むべきだった?」
簡単に検討した後、僕らは本題に入った。
「で?オマエの勝ちだけど…賭け碁のやつ、何にすんだよ?」
「映画に付き合って欲しいんだ」
「映画〜?また少女趣味のラブストーリーじゃないだろな?」
「違うよ。今度は歴史もの」
「うわっ、眠そう」
嫌がりながらも、進藤は笑ってOKしてくれた。
「じゃあ4日に僕の家まで迎えに来てくれる?」
「へーい、4日な」
何時ぐらいがいいかなー、と首を捻ってた進藤だけど、ハッと思い出したようにカウンター横に貼ってあるカレンダーを見た。
「塔矢…4日って月曜じゃん!」
「そうだよ?」
「ごめんっ!オレその日無理」
「ふぅん…じゃあその次の日でもいいよ?5日」
「いや、その日も無理なんだ…。友達と4・5と出かける約束してて」
友達、ね。
正直に彼女とって言えば?
「出来たら6日以降にしてくれねぇ…?」
「残念だけど…その映画、来週の金曜までなんだ。そして僕は水木金と全て手合いと仕事が入ってる。空いてるのは月・火しかないんだ」
「って言われても無理なんだけど…」
「旅行をキャンセルすれば大丈夫だ」
「はぁあ??ふざけんなよっ!」
進藤が大声で叫んで、立ち上がった―。
「何でそこまでしなくちゃなんねーんだよ!冗談じゃねぇっ!」
「キミは負けたんだろ?拒否権はないはずだ」
「そうだけど…でももう予約もしちまってるし…」
「旅館もキャンセルすれば?」
「塔矢〜。頼むよ、今回だけは見逃して」
進藤が両手を合わせて懇願してきた。
「…仕方ないな。じゃあもう一度だけチャンスをあげる。もう一局打って、キミが勝ったら僕は映画を諦めてあげるよ」
「マジ?!よし、んじゃ早く打とうぜっ!絶対勝つ!」
「僕が勝ったら更にもう一つお願いが追加されるってことも忘れるなよ?」
「分かってる!」
そして僕らは再び対局を始めた。
進藤はさっきより何倍も真剣で慎重な打ち方だ。
いつもこの位真剣に打ってくれればいいのに…。
そんなに彼女との旅行が大事なのか…?
なんだか…ムカつくな。
「ありませんっ…!」
でも結局進藤のやる気は空回りに終わり、脱力した彼は盤面をぐちゃぐちゃにし――机の上に突っ伏した。
「オマエ強過ぎ…もうヤダ…」
「じゃ、ちゃんとそのお友達に行けなくなったって連絡しておいてね」
「……」
「返事は?」
「………はい」
しぶしぶ小さな声で返事をしてきて、寝そべったまま顔だけこっちに向けてきた。
「…で?次の願い事は何なんだよ…」
「うん、それなんだけどねー」
無意味に進藤に顔を近付けて、嫌味っぽくニッコリ微笑んでみた―。
「彼女の代わりに、僕を温泉に連れてって♪」
その言葉に進藤が大きく目を見開いて固まり、僕を睨みつけてきた。
「…オマエ、謀ったな?」
「何のこと?だって今から旅館キャンセルしたら、キャンセル料取られるだろう?勿体ないしね」
――こうして
僕らは一緒に旅行することになったんだ――
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