●My BROTHER, My SISTER 1●
親の恋愛なんか興味ない。
子供が興味を持つことでもないと思う。
でも、親の恋愛は少なからず子供に影響してしまう。
小さい時はもとより、成人した今となってもだ―――
「アキラさん、今度紹介したい人がいるのよ」
「…そうなんですか」
「今度の日曜日は空いてらっしゃる?一度一緒に食事でもどうかしら」
「…分かりました。スケジュールを調整しておきます」
「お願いね」
ついにこの時が来たか…と僕は覚悟を決めた―――
僕の両親は、僕が17歳の時に離婚をした――
『あの人に私はもう必要ないみたいだから』
母の明子は僕にそう話してくれた。
父の行洋は僕が14歳の時に囲碁棋士としての現役を引退。
その後中国の北京チームと契約。
拠点を外国に移して、自由気ままな第二の人生をスタートさせた。
ずっと今まで父を支えてきた母。
母は棋士の妻としての理想像だったと言えるだろう。
その父の引退は母にも大きな決断をさせる。
『私も第二の人生を送ってみたいわ』
当時まだ35歳だった母は、これから父と過ごすあまりにも早い隠居生活に戸惑いを感じていた。
それでも一応二年は様子を見たみたいだった。
でも、隠居三年目。
僕が17になった時についに離婚を決意したんだ。
『私に明子を縛る資格はないよ』
父がすんなり同意したのには、僕も正直驚いてしまった。
『今まで文句も言わずよくこんな囲碁馬鹿に付いてきてくれた』
『感謝してる』
『これからは好きにすればいい』
こんな言葉を並べる父を、僕は少し軽蔑した。
母が少し気の毒になった。
母が求めていたのはきっとそんな言葉じゃない。
本当はきっと…止めてほしかったはずなんだ。
父は女の人の本心を見抜けなかった。
対局相手の心理は恐いほど読んでくるくせに、どうして一番近くにいる大切な人の気持ちを先読み出来なかったんだろうね。
僕は結局母の方に付いていくことにした。
今でも仕事上は『塔矢アキラ』だけど、本当の名前はとっくの前から『近衛アキラ』だ。
母の旧姓、ごく一部の人しか知らない僕の本名。
棋士の中だと一番親しい進藤でさえ知らないかも。
もちろん、名前が変わっても父は永遠に僕の父だ。
日本に帰ってきた時には必ず会っている。
その度に
「明子は元気か?」
と聞いてくる父。
そんなに気になるなら、離婚なんてしなければよかったのに。
ええ、元気ですとも。
料理教室や華道教室の講師で忙しいみたい。
特に料理教室は男性の生徒もいて、本当に楽しくやってるみたい。
最近母の帰りが遅いこととか、朝帰りする日もある…なんてことは一応言わないであげた。
ショックを受ける父の顔も少し見たかったんだけどね。
でも、母が美人だってことは重々承知のことだろう?
おまけに気立てがよくて、優しくて、家事上手で、抜け目なくて敵に回すと恐くて、でも少し天然で、娘の僕から見ても意外と性格が可愛い母。
僕がハタチになった今年、41歳になった。
きっと独身のアラフォー男性からモテモテなんだろうな。
――今度紹介したい人がいるのよ――
きっと恋人だ。
僕に恋人を紹介するつもりなんだ。
もしかして再婚も視野に入れてる?
一体どんな人?
年齢は?性格は?ルックスは?職業は?
相手は初婚?再婚?
再婚なら、子供は?
「…お母さんに恋人が出来たみたいです」
「…そうか」
「気になりますか?」
「ああ…そうだな。気にならないと言えば嘘になるが、元気そうでよかったよ」
「驚かないんですか?」
「明子は元々人気のある女性だったからね。男性陣の華だった。私が結婚出来たのは運が良かったからだよ」
「………」
「明子には誰かが側にいてあげた方がいいだろう。その方が私も安心出来る。お幸せに、と伝えておいてくれるかな?」
「…分かりました」
大人の恋愛って複雑だ。
経験の少ない僕にはまだ理解出来ない。
ただ、僕は一生涯の伴侶を見つけよう。
そう心に誓ってみた―――
(一生涯のライバルはもう見つけたけどね)
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